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Column ビアスタイル発祥ものがたり 〜歴史の必然とビールへの欲望〜

2022/10/19


どの飲み物も、その国の人々や地域の社会的・経済的背景を背負っていて、人間について、乾杯したいという抑えきれない欲望について、何らかの形で物語っている。

ビール業界に入って間もない昨年春、この一文に出逢いました。

これは「世界お酒MAPS イラストでめぐる80杯の図鑑」という本に書かれている、とある一節です。抽象的な言葉たちが並べられるこの文章に対する当時の僕の感想は、「どういうこと...?」でした。

画像引用元:https://www.amazon.co.jp/dp/476613401X

あれから1年半ほどたって「お酒」への知識も徐々に増え、たった75文字のこの一文が、お酒という何かの本質をとてもよく表していると、(ほんの少しずつではありますが)思うようになってきました。


新米ビール職人の髙羽 開(@kaitakaba)です。

不定期連載コラム「拝啓、ビール職人になりました。」、今回のテーマは「ビアスタイルの発祥物語」。

今回は、世界に100以上存在するビアスタイル(ビールの種類)のうち、いくつかのスタイルについて調べ、まとめてみようと思います。

冒頭の一文とビアスタイルの発祥物語にどんな繋がりがあるんだ?

そう思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、ぜひ、あの文章を頭の片隅に置きながら読み進めてみてください。

歴史上、そして現代においても、人類がもっともたくさん飲んでいるお酒「ビール」が、世界のさまざまな国と地域でどのような進化を遂げてきたのか

一緒に見ていきましょう。
  • 【ライター】髙羽 開
    新米ビール職人。高知県の「Mukai Craft Brewing」での修行を経て、現在、自身の醸造所とブランドを立ち上げ中。ビールづくりを通して「調和を生み出す補助線を引くこと」を目指しています。
    Twitter:@kaitakaba

セゾン


まずは、柑橘系やホワイトペッパーを思わせるフルーティでスパイシーな香りと味わいが特徴の「セゾン」から。個人的にも1番好きなスタイルのひとつです。

生まれはベルギー南部・フランス語圏のワロニアという地域で、その歴史は1700年代に遡ると言われています。

冷蔵設備を人類がまだ発明していなかった当時のビールは、発酵や熟成が安定しやすく、かつ虫が発生しづらい、比較的気温が低い時期に仕込まれることが多かったそうです。

ワロニアにおいても、冬の間に仕込みを行い、洞窟や地下室で熟成。気温が徐々にあがってくる5月〜9月にかけてビールを飲んでいました。

面白いのが、ビールをつくっていた人と、飲んでいたシーンです。


セゾンの生みの親は、なんと農家さん

自分たちで育てた大麦を主原料に、それぞれの農家さんが独自のレシピでつくっていたんだそう。

そして、冬に仕込んだビールは、夏の炎天下で仕事をする農家さんや季節労働者の方々が、休憩時間や仕事のあとに飲んでいました。

セゾンが、複雑な香りを持ちながらも爽やかで飲みやすいビールなのは、ワロニアの農家さんにとってのビールが、ビアバーで1杯30分かけてじっくり飲むようなものではない、喉の渇きを癒す大事な「水分摂取源」であったからとも言われています。

ちなみに「セゾン」というビアスタイル名は、フランス語で「季節」を意味する「Saison(セゾン)」からきています。

1年のうち、決まった季節につくり、消費していたことから名付けられました。セゾンの別名が「Farmhouse Ale(ファームハウスエール)」=「農家のエール」であることも納得です。

ペールエール


次に、1970・80年代から現在へと続く、クラフトビール隆盛のパイオニア的ビアスタイルとも言える「ペールエール」について見ていきましょう。

このスタイルの起源は、ベルギーの農家さんが作業途中にセゾンを飲んでいた時代よりも少し前、産業革命前夜のイギリスが舞台です。

ペールエールの発祥物語については、ほかの多くのビアスタイルと同じくさまざまな説が存在していますが、いろいろと調べてみたところ、1600年代中ごろに「コークス」という石炭由来の新しい燃料が発明されたことが出発点だと考えられているようです。

コークスが発明されるまで、ビールに使う麦芽の焙煎には木材やピート(泥炭)が使われていましたが、これらの燃料は火をつけると強い煙やすすが発生し、スモーキーな香りの特徴を麦芽に与え、色も茶色くなっていました。


一方、新しく発明されたコークスは、煙やすすを伴わずに強い熱を発生させることができたため、当時広く飲まれていた色の濃いビールと比べて味わいが軽く、色味の「淡い(Pale)」麦芽・ビールをつくることができるようになりました。

これが「ペール(Pale)エール」というスタイル名の由来なんだそう。

(実際に「ペールエール」という言葉がはじめてメディア登場した〈=一般に使われはじめた〉のは1784年だと言われています)

そんなペールエールの誕生と広がりは、「産業革命」という人類史においても極めて重要な転換点とほぼ同時期におこりました。


歴史の必然とも言えますが、産業革命を特徴づける蒸気機関の発明による作業の機械化や運河の整備都市化の進展による人口密集地域の発生は、ビール産業にも大きな影響を及ぼしました。

当時のブルワー(醸造家)たちは、すぐにブルワリー(醸造所)内へ蒸気機関を導入し作業の効率化をはかり、運河網の整備や鉄道輸送の発達は、これまでよりも早く、遠くへビールを運ぶことを可能にしました。

そして、成長する産業を支える都市人口の増加により、ビールの消費量も一気に増加していったのです。(醸造の過程で不可欠な「比重計」という道具が誕生したのも、丁度このころのイギリスでした)

こうしてビール産業は、イギリス国内でまたたく間に一大産業へと押し上げられていき、ペールーエールは急成長する中流階級を中心に人気が高まっていったそうです。

そんなイギリス国内でのペールエールの広がりとは別に、当時の世界情勢と、それに影響を受けた当時のビール好きたちが、のちのクラフトビールブームを牽引することになるもう1つのビアスタイルを生むことになります。

インディア・ペールエール


産業革命の波に乗って国力を肥大させていったイギリスは、その力を国外へ向け、海の外の国々に対する植民地政策を本格化させていきます。

1700年代なかごろ、インドの植民地支配を推し進めるために、イギリスからは多くの軍人・民間人が物資とともに船でインドへと送られていました。

同時に、インドに住み始めたイギリス人たちの喉を潤すために大量のビールも船で運ばれることになります。

しかし、当然ながら冷蔵コンテナなんて無かった当時、長い長い船旅とその道中の気温の変化によって、インドに着くころにはビールは飲めたものではありませんでした。


この状況を打破したのが、ロンドンの「Bow Brewery(ボウ醸造所)」のジョージ・ホジソンというブルワーさんでした。彼は、防腐効果が認められていたホップとアルコールを大幅に増加したペールエールのレシピを考案します。

具体的に何をしたかというと、ジョージさんは、輸出用の樽に砂糖とホップを加えたのです。


これにより、樽の中でビール内の酵母が糖を食べてアルコールを排出し、追加されたホップから抽出された防腐成分によってビールは品質を悪化させる微生物から守られながら、船旅を無事に終えることができるようになりました。

これが、現在のクラフトビールシーンの先頭をひた走る「インディア・ペールエール(IPA)」の発祥物語。「インド」向けにつくられた「ペールエールが、その起源だったのです。

ポーター


では今度は、焙煎した麦芽由来のロースト香やコク、丸みのある味わいが特徴の黒ビール「ポーター」を見ていきましょう。

「ポーター」がビールを指す言葉として歴史に登場したのは、IPAが生まれるよりも少し前の1722年。ラルフ・ハーウッドというロンドンのブルワーが生みの親と言われています。

ポーターの誕生秘話についても、いろいろと説があるようですが、いくつかあるうちの一説をご紹介する前に、この頃のロンドンの酒場(パブ)の様子を見ていきましょう。

当時、パブでは独自にビールづくりを行うこともよくあったそうで、つくったビールは樽に詰めてお客さんに提供していました。

販売されていたビールには、「マイルド」と呼ばれるつくりたてのブラウンエールや、古くなったマイルドを表す「ステイル」、1クオート(約950ml)あたり2ペニーで販売されていたペールエール・通称「2ペニー」など、いくつか種類があり、これらのビールをお客さんの好みに応じてブレンドして販売していました。(古くなった「ステイル」を捨てずに全て使い切ることもブレンドする目的のひとつだったんだとか...)


そんなブレンドされたビールの中で「Three Threads(スリー・スレッズ=『3本の糸』)」と呼ばれる3種類のブレンドビールが人気となったことがポーターの誕生へと繋がっていきます。

ここで先ほど言及したポーターの生みの親、ラルフ・ハーウッドの登場です。

ロンドン市内のとあるパブの店主が「こんなに人気なら、わざわざ店頭で混ぜるのも大変だから、あらかじめつくった方がいいんじゃないか」と近所でブルワリーをしていたラルフさんに相談。彼は、スリー・スレッズと同じ味わいのするビールをつくり「Entire(エンタイア=『全体』)」と名付けます。

画像引用元:https://twojbrowar.pl/en/blog/stout-the-story-of-the-fall-of-the-porter-

「このエンタイアをパブへと運んでくる人が「Porter(ポーター=『荷運び人』)」だったから」、「ポーターの人たちが特に好んで飲んでいたから」などなど、ポーターの名前の由来には諸説あるようですが、「ポーター」と呼ばれるようになったこの新しいビアスタイルは、ペールエールとともに、イギリスのビール醸造業を一大産業へと躍進させる大きな原動力となりました。

そのほかのビアスタイル発祥物語はまた今度...


以上、今回は4つのビアスタイルの発祥物語をまとめてみました。

ご紹介したい物語は他にもたくさんあるのですが、長くなりすぎるので次回以降でまた書いていければと思います。

最後に、冒頭で引用した一文の「飲み物」というワードを「ビール」に入れ替えたものを貼付して終わりにしようと思います。

どの「ビール」も、その国の人々や地域の社会的・経済的背景を背負っていて、人間について、乾杯したいという抑えきれない欲望について、何らかの形で物語っている。

数分前にはじめて目にしたときと比べて、この文章から想起される「ビールと人との関わり」について、ちょっとでもみなさんのイメージが膨らんでいるとしたら、とても嬉しいです。


【主な参考本はこちら】
ビール大全(ランディ・モーシャー/楽工社)
世界ビール大百科(クリスティン・P・ ローズ 、マーク スティーヴンス、フレッド エクハード/大修館書店)
世界のビール図鑑(ティム・ウェブ 、ステファン・ボーモント/ガイアブックス)

【主な参考URLはこちら】
・The history of Saison:https://www.beermerchants.com/features/the-history-of-saison
・Saison: The French Ale Born In A Farmhouse:https://learn.kegerator.com/saison/
・The Origins of the Saison Beer Style:https://cancanawards.com/saisons/
・The Tale of Pale Ale:https://www.anchorbrewing.com/blog/the-tale-of-pale-ale/
・American Pale Ale: A Style that Changed Everything:https://www.craftbeer.com/craft-beer-muses/american-pale-ale-changed-everything
・Porter: The Entire History:https://www.anchorbrewing.com/blog/porter-the-entire-history/
・The Rich and Often Dark History of the Humble Porter:https://www.beercartel.com.au/blog/the-rich-and-often-dark-history-of-the-humble-porter/
・The Oxford Companion to Beer definition of three-threads:https://beerandbrewing.com/dictionary/TOR8CFljCG/



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kai takaba ライター

新米ビール職人。高知県の『Mukai Craft Brewing』での修行を経て、現在、自身の醸造所とブランドを立ち上げ中。ビールづくりを通して「調和を生み出す補助線を引くこと」を目指しています。

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