日本には、人口より猫の数の方が多い“猫の島”といわれる「田代島」や、150もの神社がある「壱岐島」、珊瑚礁でできた島「与論島」など、海を介してその土地ならではの特色をもった島が数多く存在します。
では、人口300人ほど、島中が椿に覆われている “椿の島” を知っていますか?
今回は、椿と共生する利島で生まれた “椿のビール” についてご紹介します。
椿とともに生きる島「利島」って?
東京都利島村。都心からはるか南に約140km南下した場所に位置するのが、今回の舞台である「利島(としま)」です。
面積は4.12平方キロメートル、人口300人ほどという小さな島ですが、日本の固有種であるヤブツバキが20万本ほど島にあるといわれています。
利島にあるツバキ(学名:カメリアジャポニカ)は「ツバキ」や「ヤブツバキ」と呼ばれていて、品種の多い椿のなかで最も油の抽出ができ、平安時代から使われていたという歴史も。
現在利島では「神代椿」というオリジナルの椿油も展開しています。
なぜ利島にこんなにもヤブツバキがあるのかというと、江戸時代にまで遡ります。
油が貴重だった時代、椿は日本中に自生していました。椿の実からは油をとることができ、木の幹は硬いため道具の柄にもなるなど重宝されていたそう。
ですが、戦後の高度経済成長期になると日本は油を輸入に頼るようになります。そのため、油をとっていた椿は、数を減らしていったと考えられます。
また、利島は稲作にも不向きな環境で米で年貢を納めることができなかったことも、椿栽培による椿油の生産を促すことになり、それが今日に至ると言われています。
利島の特徴は、その立地や植生だけではありません。Iターン(生まれ故郷から離れ別の地域に移住すること)によって島に移住してきた人が人口の半数以上を占めていることも大きな特徴です。
田舎に憧れをもって移住する方が多く、役場や漁協、農協、保育園、診療所、建設会社、船の発着会社などに就職する方が多いそう。そのなかには、兼業として椿農家になるという人もいるそうです。
利島では約300年もの間、椿を産業として途絶えさせることなく続き、現在では50軒ほどの椿農家が利島の椿産業を支えています。
産業として利用する椿は自生ではなく、椿農家の方々が段々畑に土地を形成し、椿の実をとりやすく植林をして椿畑にしていて、椿の島の暮らしや誇りを支えているのです。
椿とは切っても切れない縁で結ばれ、椿と共存してきた利島。そんな利島を代表するヤブツバキをビールにしようというプロジェクトがこの度発足しました。小さな島の大きな挑戦について、話を伺いました。
小さな島の大きな挑戦。椿ビールが生まれるまで
今回は「椿ビールで乾杯チーム」プロジェクトのご担当者である利島農業協同組合 販売部の加藤大樹さん。そして、椿から酵母を取得した東京農業大学 応用生物科学部 醸造科学科 数岡孝幸教授にお話を伺いました。加藤大樹さん
埼玉県出身。美容師を経験した後、結婚を機に妻の田舎へ行った際に地域おこしを通して一次産業の重要性を知る。その後、35歳で利島村にIターン組として家族3人で移住。現在は、JA利島の職員として、持続可能な椿油の販売と仕組みづくりを担当。
数岡孝幸 教授
兵庫県出身。 関西大学工学研究科博士課程を修了。現在は東京農業大学 応用生物科学部 醸造科学科 教授。「醸造微生物学」を研究キーワードとして、自然界から発酵食品を作る酵母を取得したり、酵母の性質を変え、遺伝子と性質の関係性を明らかにする研究を行う。
■ なぜ椿でビールを?
椿と聞くと、まっさきに「椿油」が頭に浮かびます。実際、利島で採ることができる椿は椿油「神代椿」として製品化されていたり、オリジナル商品だけではなく他社の化粧品にも利島の椿油が使用されています。そんななか、なぜ椿を使ったビールをつくろうと思ったのでしょうか。
加藤さん
利島で採れる年間の椿の生産量は、年によって違いますが、全国で1〜2位になります。そのライバル的存在が長崎の五島になるんですが、五島列島は利島と比べて面積が約100倍ほど、人口も約100倍にもなり、先進的にさまざまな取り組みをされているんです。
そのなかで、椿のお酒を作っていることを知って。椿の花から酵母を摂ってそれをお酒に使用していることを知ったんです。
また椿は、豊作(表年)と凶作(裏年)の差が年によって激しい植物なのだそう。
加藤さん
天候などで豊作と凶作が変わるのではなく、椿は生態として実をつける年とつけない年をコントロールする植物なんです。その差は、多い時と少ない時を比べると7〜8倍くらいあります。先祖を残すためにわざと調整をしているようなんです。
椿と共に生きる利島の人たちにとって、凶作の年は大変な打撃を受けてしまうことは否めません。
でも、椿酵母ならば利用の汎用性が高く、商品が販売できれば豊凶の影響を受けず、椿産業に還元できるのではと考えたことも、ビールをつくろうと思ったきっかけだったそうです。
利島の椿からも酵母が採取できないかと考えた加藤さんは、いろいろと調べていくうちに東京農業大学の数岡教授の名前に辿り着きます。
加藤さん
酵母のことなどを研究されているという数岡教授を知ってすぐに教授に電話をして、「椿の花から酵母を採ってほしいんです」と連絡しました。
「醸造微生物学」を研究キーワードとして研究を行う数岡教授が、依頼を受けるうえで考慮することは、数岡教授自身が担当しなければ解決しないと思われること。また、ご自身や研究室にとっても経験のひとつになったり、取り組むことで新しい技術が身につくことなどが判断材料になるそう。
そんななか、ツバキの酵母採取に協力した背景を振り返ると、利島の状況や加藤さんの情熱があったといいます。
数岡教授
やはり利島の、産業上の状況であるとか人口、あとは特産品の状況を加藤さんから伺って、利島が椿という自然を頼りにした産業に頼っていること。さらに、その椿には表年と裏年があり、周期的にたくさん実がなる年もあれば、なりにくく収穫量が少ない年があるということを教えていただいて、それは収穫量が少ない年は大変だろうなと思いました。
じゃあ、何かできることはないかと考えた時に、加藤さんから伝えられた椿から酵母を分離して、それをビールやパンに使いたいということを聞きました。例えば新しいお酒やパンを作る際に、椿の花から分離した酵母でなくても作ること自体はできるんです。ただ、“椿から分離した酵母を使用した”と紹介できるだけでストーリー性が生まれ付加価値がつくのも確かです。だからこそ、もし利島の椿から酵母を取得できたら、利島のお土産品や産業の下支えに少しでもなるのではと思い、私もそれに関わりたいと思いました。
数岡教授
私の元には自治体や企業からの依頼も多くあるのですが、そういったなかでも加藤さんは利島の産業のことをよく考えられています。実際に自分が利島に住んで、かつ今の役職について責任を持って取り組まれている。利島の椿の性質やそれに頼った産業構造の問題解決のために日々の生活から取り組んでいるっていうのが感じられました。そういうことが重なって今に繋がっています。
数岡教授の協力を得ることができることになり、加藤さんはさっそく数岡教授の元へたくさんの椿の花を送ります。
数岡教授
酵母が取得しやすい椿の花の条件をお伝えをして、その条件に合う椿を送っていただきました。花に付着している酵母を取り出し、選抜をして、より良い個性や性質を持った酵母を選び出す作業を研究室で行います。
酵母の採取を依頼されてから約1年後。利島の椿から酵母が取得でき、ビールをつくるまでにこぎつけることができたのです。
加藤さん
椿をお送りして、検体として1,000種類ぐらいの酵母が取得できたそうで。その中で発酵力や匂いなどさまざまな特性を全部検査していただいて、最終的に選抜されて使えるものがあったとご連絡いただいた時には、酵母を取得することができて本当にラッキーだと思いました。
数岡教授
選抜を繰り返すうちに、1,000株が100になって、100が10になり、10が0になってしまうこともたくさんあります。何かひとつのものがベースとしてあって、改良していけば必ずゴールにたどり着けるというものではないんです。つまり、“宝くじを買って当たりを引く、しかも大当たりを引く”ようなイメージの研究なんです。
酵母が採れないこともあるという中で、ビールに使用できる特徴を持った酵母が取得できたという利島の椿。その酵母はどんな特徴をもっているのでしょうか。
数岡教授
発酵食品を作るために必要な性質というのがいくつかあるんですが、それを満たす酵母の存在自体が結構レアなんです。
色々と調べていくなかで、椿の花から私の専門である日本酒を作る性質を持つ酵母はいないことがわかりました。日本酒を製造することはできませんでしたが、いくつか採れた酵母のうち、アルコール発酵のガスを利用したパンづくりや発酵を利用したビールづくりに使用できる酵母がいることがわかりました。
酵母の特徴としては、発酵力が強すぎず弱すぎないこと。また、ある化合物を作る性質をその酵母が持っていたらビールづくりには適さないという項目があるんですが、そういう性質は持っていませんでした。また、マルトースという糖を食べる能力がないとビールづくりには使えないんですが、マルトースをちゃんと食べてアルコールを作り出す性質を持っていました。
製品をつくった時の特徴については、強すぎる個性は持たない。どんなビールのスタイルも邪魔をしない、逆にいえばどんなスタイルであっても使うことができる性質だと思います。
■ホワイトエールである理由
どのようなスタイル(種類)でも使用できるというツバキの酵母を使用したビール。今回造られたビールのスタイルはホワイトエールで、試作品がまもなく完成予定です。
加藤さん
今回の製造は、ベクターブルーイングを運営するライナ株式会社さんにお願いしました。ビアスタイルをホワイトエールにした理由は、目的としてまず椿をイメージすることができるものがいいなって思ったこと。椿油もしかりですが、女性の方が親和性が高いと思ったので、女性に手に取ってもらいやすいということをイメージしてデザインや味わいを決めていきました。
加藤さん曰く、“仕事終わりに飲みたくなるようなキレのあるビール”というよりは、“ビールに馴染みのない方でも飲んでいただきやすいもの”をと考えていたそう。爽やかでクリーミーな味わいが特徴のホワイトエールは、椿の印象ともマッチするのではと考え、ホワイトエールでのビールづくりがスタートしたそうです。
醸造工程の麦汁を見ると、椿の花の色が反映されているかのような濃色!この中に、300年もの間椿と共に生きてきた利島の方々の椿への想いと、奇跡のような確率で取得できた椿酵母が入れられているかと思うと感慨深いものがあります。
パッケージは、ヤブツバキを彷彿とさせるような落ち着いたピンク色に温かみを感じる手書きの文字が装飾されています。
“椿ビール” を通して伝えたいこと
満を持して展開される「利島のCAMELLIA ale」。今回のプロジェクトを通じて、さらに叶えたい目標があるそうです。
加藤さん
今回、東京宝島事業という支援でビールをつくるチャレンジをさせていただいたんです。これは、東京にある11の島それぞれが持つ景観や特産品、文化などを活かした島しょ地域のブランド化に向けた取組を応援するものです。
実際、他の島の方とも交流があり、どの島もエッジが立っているんですね。そういった島を象徴する原料や島ごとに眠っている原料を使ったビールづくりなども行って、一次産業生産者に還元したいと思っています。
現在では離島で醸造所を立ち上げているところもありますが、利島で醸造所を立ち上げる計画などはあるかお伺いすると、本州では当たり前にあるものが、“利島にはない”ことを知りました。
加藤さん
あと、一番大きい課題としては、利島には川がないんです。現在島内で使用する水は、雨水を飲んだり海水を使っています。となると、麦汁自体を島に運んでこなければいけないとか、問題なく運べるのかなどのハードルがあるんです。それらすべてがクリアできて、皆さんが喜べる商品ができるのであればつくりたいという思いはありますね。
そんな加藤さんが思う利島の魅力について伺いました。
加藤さん
最近では海外にも化粧品原料として販売できるような機会も増えてきています。「こういった小さな島でも頑張ればいいところまで行けるよ」というところをもっと頑張っていきたいです。今回のビールづくりもありますが、それをまず知っていただく機会のチャンネルは増やし続けていきたいですね。
最後に、まもなく完成する「利島のCAMELLIA ale」を、どんなふうに楽しみたいか伺いました。
数岡教授
加藤さん
そして、利島の島展望台や島民との交流、海辺や船の中など、島や島の人と関わるシチュエーションでぜひ乾杯しながら楽しんでほしいです。
椿農家の方の手によって一つひとつ採取された椿から摂れた椿の酵母と椿油は、利島の人たちの新しい生活の糧になり、また、利島と島外の人とをつないでくれるビールとして生まれ変わります。そして、ビール特有の「乾杯」という掛け声と共に多くの人を繋ぎ、ビールを通して利島や利島の椿を知る人を増やすはずです。
「椿は椿油だけじゃない」
椿と共に生き、椿を守ってきた利島の人々の新たな挑戦。利島の豊かな自然と住民たちの熱い想いが溶け込んだ、“一杯のビール”の熱い想いに癒されるはず。
まもなく完成予定!最新情報をチェック
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