東京都福生市。横田基地がある場所として広く知られていますが、奥多摩の山に囲まれた地域で緑や公園が多く、多摩川や玉川上水がある自然豊かな場所です。東京でありながらそれを忘れるほどのどかで、ゆったりと時間が流れる場所に、1つの歴史ある酒造があります。
その名も「石川酒造」。
江戸時代末の1863年に創業と、160年もの歴史を持ち、敷地内では日本酒・ビールの醸造・またレストランも併設。でき立てのお酒とおいしい料理がたのしめます。また、歴史ある石川酒造でしか見ることのできない貴重なビールの資料が展示されていたり、醸造見学のイベントもあったりと、ワクワク要素がたっぷり詰まったまさに「酒飲みのテーマパーク」!
今回は、タイムスリップしたような空間の中、ビールや日本酒を全身で楽しめる「石川酒造」の魅力をお伝えしていきます。
もくじ
・酒飲みのテーマパーク「石川酒造」の6つのたのしみ方【たのしみ方①】食べる!そして飲む!
【たのしみ方②】お酒造りを見学しちゃおう
【たのしみ方③】明治から繋がる歴史を感じる
【たのしみ方④】パワースポットでエネルギーチャージ
【たのしみ方⑤】お家でも楽しむべくお土産ゲット!
【たのしみ方⑥】そのまま泊まっちゃう
・時代と時間の感覚を手放し存分にお酒を楽しめる場所
酒飲みのテーマパーク「石川酒造」の6つのたのしみ方
新宿駅から中央線に乗り、電車に揺られ立川駅へ。青梅線に乗り換えて5駅目、拝島駅に到着。南口を出てロータリーを抜け階段を降り、幹線道路沿いをてくてくと歩いていきます。
都心の雰囲気とは一変、空気もおいしくて、なんだか時間がゆっくり進んでいるような感覚の中、徒歩20分ほど。「多満自慢」の看板が見えてきたらもうすぐそこです。
樽の向かいには威厳のある、歴史を感じる門が出迎えてくれます。目的地の「石川酒造」に到着しました!
石川酒造は、江戸時代末の1863年に創業、160年もの歴史を持つ老舗の酒蔵です。じつは1887年にビールの製造を開始したことがありますが、環境が整わないなどの理由で一度撤退。その後、1998年に醸造を再開した経緯があります。
敷地内にはなんと6つの国登録有形文化財があり、非常に価値のあるものが点在。まさに敷地まるごと宝箱といっても過言ではありません。一歩足を踏み入れるとここが令和の東京であることを危うく忘れそうになります。
そんなテーマパークのたのしみ方を、6つのポイントでご紹介。
【たのしみ方①】食べる!そして飲む!
石川酒造は現在レギュラー商品として2つのブランド、7種類のビールを造っています。「多摩の恵」は、ビール造りを再開した当初からかれこれ25年続くブランド。その名の通り、多摩の地域に馴染むような、この地域の方がおいしいと言って日常に取り入れてくれるような優しい味わいを意識しています。ドイツやベルギーで生まれたビアスタイルの、クラシカルな味わいを踏襲しています。
レギュラービールは、『ペールエール』『ピルスナー』『デュンケル』。
日野市には明治29(1886)年にビール工場がありましたが、そこでつくられていた多摩地域最古のビールを復刻させようと、TOYODA BEER実行委員会企画商品である『TOYODA BEER』もつくっています。
一方、多摩より広域の、いろんな層の方に石川酒造のビールを飲んでもらいたいという想いで8年前に作られたブランド「TOKYO BLUES」。テーマは「挑戦と革新」で、近代のクラフトビールブームで人気が高まったビアスタイルを取り入れています。
レギュラービールは、『セッションエール』『ゴールデンエール』『シングルホップウィート』。
他にも季節限定ビールとして、その時期に飲みたくなるような味のビールや、まだ定番として造ったことのないスタイルを醸造しています。
そして、石川酒造のビールの味で肝となるのは、なんといっても「水」。
日本酒・ビール共に地下150mから組み上げた天然水を使用していて、硬度で言うと、程よくミネラルが含まれた中硬水。水自体の口当たりが非常にまろやかなので、石川酒造の酒は水の味わいに影響を受け、全体的に優しくまるい味に仕上がっています。水の硬度はビールのスタイルによって調整をしているそう。
多摩の地域で昔から飲まれてきた水を使用することで、その地域の方々にとって自然と生活に溶け込む、体に馴染む味わいのビールを造ることができているのかもしれません。
でき立てのビールとそれに合う料理は、「福生のビール小屋」で楽しむことができます。「福生のビール小屋」は、石川酒造がビールを再び造り出した1998年に同時にオープン。これには石川酒造のビール造りに対するこだわりが隠れています。
ビール醸造を再び始めるにあたってドイツやベルギーに勉強をしに行った時に、どの街でも歴史ある醸造所が街の中心にあり、地域の人たちが集まるコミュニティとしての機能を果たしていることに気がついたそう。石川酒造でもそんな姿を目指そうと「ビールを造ったので売ります」ではなく「でき立てのビールを飲みにきて!」をモットーにビール造りをしてきたといいます。
おすすめのビールとお食事をいただいてきました。
左から「デュンケル」「セッションエール」(グラス:600円、ジョッキ:950円、ピッチャー:3,300円(税込))
多摩の恵の「デュンケル」は、ヘッドブルワーの土屋さんも特におすすめのビールで、大会でも毎回高評価なのだとか。黒ビールながらも甘さが特に際立つ優しい風味を特に意識し、受け継いで造り続けているとのこと。
TOKYO BLUESの「セッションエール」は、4.5%と石川酒造のビールの中で一番低アルコール。「IPA」を意識した味わいと香りで造っていて、シトラス系のホップを使い柑橘香る味わい。いつまででも飲み続けられる味わいです。
「バーニャカウダ」(税込1,000円)
バーニャカウダといえば、野菜スティックなどをソースにディップする画を想像する人が多いのではと思いますが、バーニャカウダソースを上からかけるスタイルで提供。シャキシャキ新鮮で大きめカットの野菜たちにソースが絡まって、箸が止まらなくなる味わいです。スッキリとした味わいのセッションエールと相性抜群。
「直火式ベーコンのビスマルク」(税込1,500円)
大きめで存在感のあるベーコンはグループ会社で作っているもの。やや燻製感強めでスモーキーな味わいのベーコンとまろやかな半熟卵がとろけあいます。デュンケルの甘さとまったり感がさらにベーコンの味わいを引き立てて、ナイスコンビです。
ちなみに、福生のビール小屋豆知識ですが、テラスで使われているテーブルや植木鉢のプランター、傘立てなどは、昔の日本酒やビール造りで使われていた道具たちをDIYして形を変えたもの。大切に守ってきた道具と、受け継がれた酒造りへのパッションが端々に散りばめられています。ビールと料理を撮影したのも、じつは日本酒樽の蓋をDIYでテーブルにしたもの!ぜひ実際に行って探してみて!
【たのしみ方②】お酒造りを見学しちゃおう
石川酒造では現在、毎月第4の土日に「石川酒造感謝デー」というイベントを行っていて、ビールや日本酒の量り売り、酒蔵スイーツの販売や酒造見学会を開催しています。
感謝デーには、五感でお酒を楽しんでほしいという社長の想いから、自らがハーモニカ奏者となり仲間のミュージシャンを集めてレストラン前の広場でライブを開催。不定期開催ではありますが、お酒や料理を味わいながらライブをたのしめます!
また、感謝デーで開催される酒造見学の申し込みは石川酒造のオンラインショップから可能。前月の月末くらいには、次の月の内容が公開されています。
毎月内容は変わり、2月は日本酒の大吟醸講座。毎回酒造りの職人たちがアツい想いをとこだわり語ってくれるので、なかなか聞く機会の無い、かなり深いお話が聞けるのがポイント。直近では昨年11月にビール工房の見学会があり、その後様々なスタイルのビールのテイスティングやペアリングの紹介などを行ったそうです。
今回は、特別にヘッドブルワーの土屋さんに、見学会と同様にブルワリー内をご紹介いただきました!
ビールは敷地内の1番奥にある「向蔵ビール工房」で造られています。じつはこちらも「向蔵」として登録有形文化財になっている建物。貴重な場所でつくられている石川酒造のビールですが、そもそもビール造りのために建てられた建物ではないこともあり、“ビール醸造をする”という観点では苦労することもあるそうです。
「向蔵」にはモルトを破砕機にかける場所も。土屋さん曰く「一番始めのモルトを破砕する工程がビールの出来を左右する一番大切といっても過言ではない」のだそう。
ずらっと並ぶ熟成タンクは9つ。趣ある建物に並ぶタンクを眺めていると、なんだか不思議な感覚に。見学会では、これらビール造りの一連の流れを案内してもらいます。
醸造所内を案内してくれたのは、ヘッドブルワーの土屋朋樹さん。学生の頃に通っていた専門学校の授業で、醸造学の面白さに引き込まれたことがこの世界に足を踏み入れたきっかけだったと言います。
そこからインターンシップとして石川酒造でビールの醸造を学び、そのまま石川酒造に入社。ヘッドブルワーになったのは3年前。
「石川酒造のビール造り、特に「多摩の恵」に関しては、ずっと一筋にクラシカルなビール造りのスタイルを貫いてここまできているので、私もそのスタイルをぶらさず、さらに原点に還って極めていきたい強く想っています。長く伝わって、愛されてきた美味しさの所以は必ずそこにあると思っています」
また、「原点に還りつつも、季節限定ビールなどで今まで造ったことのないスタイルに挑戦したり。新しい風も取り入れつつ、さらに多くの人に石川酒造のビールの美味しさを知ってほしい」とお話ししていただきました。
ここでひとつ、伝説の限定醸造ビール「ペルツェン」の誕生秘話を。
ビールの醸造は原材料の品質、管理、醸造の環境の細かい数値のチェックなど気の張る作業がたくさん。石川酒造では限られたタンクの数でビールを造っているので、やり直しはききません。
そんな環境下で2年前、石川酒造の長い歴史に語り継がれるであろうある事件が起こりました。
年末のお酒の出荷量も増えた時期に、工場内にある瓶詰め機がなんと故障。人の手が必要で稼働時間も長くなり、バタバタとした状況の中で石川酒造のフラッグシップビール「ペールエール」の仕込み中、ある異変が起こりました。
「ペールエールを仕込んだタンクからヴァイツェンの香りがする…」
醗酵タンクに酵母を入れる段階で、土屋さんが誤ってペールエールの酵母とヴァイツェンの酵母を1袋づつ混ぜて投入してしまったのです!
酵母を輸入する会社を変更したことがきっかけの確認ミスが原因だったそうですが、そのミスに気がついたのは発酵から5日後。発酵段階のチェックをしていた時。「ペールエールのタンクからヴァイツェンの香りが漂っている、しかし飲んでみるとペールエールのキレがある…」土屋さんの顔は真っ青だったでしょう…。
しかし、仕込んだビールを廃棄しなければならないのは会社にとって大損失。社内の協議の末、このまま仕込んでみようと言う話に。
結果、仕上がった「ペルツェン」はなんと今までにない味わいの非常においしいビールに仕上がったそう!お客様や他社のブルワーさんたちからも大好評で、「また造って!」の声も多数寄せられたそう。ですが、二つの酵母を混ぜるという複雑な発酵操作をもう一度再現することは至難の業だとのことで、幻のビールとなりました。
その事件の後、絶対に二度と同じミスはするまいと、土屋さんは酵母が入荷したらすぐにマジックで種類の名前を書くように。「これが1番大事な作業といっても過言ではないですね。もう二度とあんな冷や汗はかきたくありません!」と土屋さん。
土屋さんの誰にでも愛される人柄と、失敗を肯定してチャンスに変えてくれる周りのポジティブな雰囲気は、石川酒造のなんでもエンターテインメントに変えて楽しませてくれるところに繋がっている気がします。
失敗から奇跡のおいしさが偶然的に生まれ、ビール造りって面白い!と心から思うエピソードでした。
日本酒の蔵の中も少しみていきましょう。日本酒が造られているのは入り口入ってすぐ右手にある「本蔵」です。こちらも登録有形文化財に登録されています。ドラマのロケ地になることも多いそうで、この冬放送しているドラマにも石川酒造の本蔵が登場しているとか!
この日も石川酒造を代表する「多満自慢」が造られている最中。麹のあまーい香りが漂っています。ずらっと並ぶタンクはなかなかの迫力です。
ビールだけでなく、日本酒の世界も同時に楽しめるのは、どちらも造っている石川酒造の魅力です。
【たのしみ方③】明治から繋がる歴史を感じる
敷地内中央に位置している巨大なビール釜。なんと明治時代に実際に使用されていたビール釜で、戦争中の供出をまぬがれた貴重な釜なのだそう。
石川酒造は、最初に1887年(明治20年)にビール製造を開始。しかし当時はまだ設備が整っていない環境で味が安定しなかったり、運搬もうまくできなかったりでなかなかビール製造を続けていくことが厳しく、一度撤退。ビール造りの道は一度途絶えてしまいました。
その後戦争があり、釜は土の中に埋まっていましたが、約100年後に掘り出され再び日の目を浴びました。1994年に酒造法改正があり、ビール醸造のリベンジを考えていた石川酒造は、この釜から伝わる先代のビール造りへの想いも後押しとなって、1998年にもう一度ビール造りを再開しました。
明治時代の道具が壊れたりせず現在も大切にされているのは、石川酒造のビール製造に対するロマンと夢に守られていたからかもしれません。
入り口の門をくぐってすぐ左手にある「雑蔵」には、石川酒造が保有している貴重な史料が展示されています。当時、雑多にいろんなものを収納していたことから「雑蔵」と呼ばれているとか。1階は「食道いし川」という日本料理屋になっていて、石川酒造の日本酒やビールもたのしめます。
明治時代にビールを造っていた時のビールラベルのレプリカ。同時期に日本国内でビールを造っていた他の会社のものも一緒に提示されています。当時100社ほどのビールメーカーが日本にあったとか。
これは新聞の発売広告で、1枚1枚手刷りしていた頃のもの。このレトロな感じ、なんとも心くすぐられます!
あと実はこの史料館、説明のないお宝がいくつも潜んでいます。
当時ビールを運ぶ時に使用していた箱や…
これはピクニックグッズのようなものだそうで、右が行灯(照明)、左がお酒を入れる用と持ち運べるようになっています。こんな立派で素敵な入れ物で運んでいたとは驚きです。
特に説明もなく置いてあるものも実はお酒関連グッズばかりです。何に使うものなのか想像しながら見てみるものたのしいかも。
【たのしみ方④】パワースポットでエネルギーチャージ
歴史ある石川酒造内には、パワーみなぎるスポットも存在します!
テラスから見えていた大迫力のこちらの御神木、樹齢はなんと700年。福生市の指定天然記念物に指定されています。大きすぎて画角に収まらないほどです。凄まじいパワーをビシビシ感じます…!
また、日本酒を作っている本蔵の前にあるこの大きな2本の木は、「夫婦ケヤキ」と呼ばれています。
その名の通り、2本のケヤキがそれぞれを邪魔しないよう、支え合って1本になるように生えています。枝の生えていないところは手入れを加えていますが、この寄り添うような生え方は自然になったのだとか…なんとロマンチックなお話。
このケヤキには大黒天(お米の神様)と弁財天(お水の神様)がまつられていて、代々日本酒を造ってきた本蔵の前で、それを見守っているようにみえます。
木を見上げていたら生命力と優しさのパワーをお裾分けしていただいている気がしてきました。
【たのしみ方⑤】お家でもたのしむべくお土産ゲット!
本蔵を出てすぐのところには、石川酒造で造っているビールや日本酒を購入できる直売店「酒世羅(さけせら)」があります。
レストランで飲んで気に入ったお酒、見学中にどうしても飲みたくなっちゃったお酒、安心してください、帰り際にここで購入してお持ち帰りできます!
【たのしみ方⑥】そのまま泊まっちゃう
食べて飲んで、貴重なものもたくさん見て、エネルギーもチャージできた!でも今から現実に帰らなきゃいけないのか…テーマパークを去るときのこの感情、つきものですよね。でも皆さん、大丈夫です。
なんと石川酒造の敷地内には、宿泊施設もあるんです。お酒を飲んでほろ酔い気分のままそこに泊まれてしまうなんて、酒飲みにとってこれ以上の幸せがあるでしょうか…。
ここは「酒坊多満自慢」といって、2年前に石川酒造の敷地内にオープンしました。泊まれるだけでなく、石川酒造のお酒と美味しい料理が楽しめたり、お酒について知る体験型イベントだったりも開催されているとのこと。
「せっかく福生に来たなら石川酒造でビールも日本酒もたのしみつつ、アメリカンな街並みや自然を満喫したい…!でも1日じゃ足りない」という方は、「酒坊多満自慢」を利用してみるのもおすすめです。
HP:https://www.shubou-tokyo.jp
時代と時間の感覚を手放し存分にお酒を楽しめる場所
帰りがけ、敷地内の歴史を感じる建物たちがオレンジの光に照らされ幻想的な雰囲気に包まれている様子に思わず息を呑みました。存分に酒飲みのテーマパークを楽しんだ1日の最後に思わぬご褒美をもらった気分。
多摩のゆったりした雰囲気の街に溶け込む、伝統と歴史を感じる「石川酒造」。他ではなかなか経験できない、酒飲み達にとってたまらない盛りだくさんの体験ができる場所でした。忙しない日々から一歩離れて、時間を忘れてゆっくりお酒の世界に浸りに、ぜひ足を運んでみてください。
福生のビール小屋
〇営業時間:11:30~21:30(L.O 20:30)
〇定休日:月曜日・火曜日
〇座席数:屋内50席、屋外最大40席
〇電話番号:TEL.042-553-0171 お席に限りがありますので、事前にお電話でご予約をお願いいたします。
直売店 酒世羅
〇営業時間:10:00~18:00〇定休日:火曜日(12月を除く)