私がレストランへ行くのには理由がある。
おいしい料理を食べるため?ゆったりとした時間を過ごすため?いえ、私はその日、お店でしか味わえないものを目指して歩をすすめていた。
着いたのは調理場からすべてのテーブルが見えるほどこぢんまりとしているお店だったが、開放的で明るい店内に入り席につくと、両隣に座る、友達グループのような人たちのテーブルに、まさに私がこの日お目当てとしていたものが鎮座していた。
ガージェリービール。
逆三角型のグラスには脚がなく、くぼみのある透明な立方体のうえに乗せることで、その場でグラスとして成立することができる、ひと目見ただけでもどうしても印象に残ってしまうリュトングラスだ。
両隣のグループは、まん防が明けてひさしぶりに会ったのだろうか。ガージェリーを片手に話に花を咲かせる空気を感じて、なんだか勝手に嬉しくなってしまったーー。
コロナ禍にはいり、自由にお店でビールを楽しむことができなくなってしまってからも飲食店での提供にこだわり続けた、株式会社ビアスタイル21(トゥ・ワン)のガージェリービール。
珍しくもフラッグシップのビアスタイルが「スタウト」であること、不思議なグラス、そして飲食店限定なこと…他のどのビールブランドとも一線を画すガージェリーについて、株式会社ビアスタイル21代表の別所弘章さんに聞いてきました。
ガージェリーってどんなビール?
「GARGERY(ガージェリー)」とは、飲食店限定の国産プレミアムビール。2002年にキリンビールの社内公募により設立された株式会社ビアスタイル21から誕生しました。(※2007年10月1日をもって、株式会社ビアスタイル21はキリンビール株式会社との資本関係を完全に解消しています。)
プレミアムと謳う理由は大きくふたつ。
ひとつめは「発酵・熟成」。一般的に、ビールの発酵・熟成は「エール」が約2週間、「ラガー」が約1ヶ月とされているなか、『ガージェリー・スタウト』は100日間、『ガージェリー・エステラ』は60日間以上と、ゆっくり時間をかけて発酵・熟成しています。
ふたつめは「新鮮さ」。工場のタンクから樽詰めした次の日には、お店に直接届けられることです。
「ガージェリー・スタウト」
GARGERY創業以来のフラッグシップ。発酵・熟成に100日以上かけて、飲食店から注文毎に樽に詰めて冷蔵便で翌日届けられます。ロースト麦芽の香ばしさとエール酵母由来の甘くフルーティーな香り、エスプレッソを思わせる柔らかい甘みと上品な苦みのバランスが取れた味わい。温度変化による香味の移り変わりをゆっくり楽しめます。
「ガージェリー・エステラ」(ペールエールタイプ)
スタウト同様、注文毎に樽に詰めて翌日届けられるビール。こちらは60日以上をかけて発酵・熟成。エール酵母由来の優しいエステル香にモルトの甘み、熟した果実を思わせるボディ感とドイツ・チェコ産ホップの上品な苦みが調和した味わい。
その他にも、『ガージェリー・ブラック』『ガージェリー・エックスエール』『ガージェリー・ウィート』、そして『グレート・エクスペクテーションズ』などの瓶内熟成ビールも展開していて、こちらも樽ビール同様、飲食店でのみ提供しています。
主発酵が終わった段階で瓶詰めし、60日以上の冷蔵保管の後、出荷します。その後、瓶内でも熟成させることで良好なコンディションを持続させ、時を重ねるにつれ刻々と変化する味わい、その時々の香味を楽しんでいただくビールです。瓶底に酵母が沈んでいるので、一杯目は静かに注ぎ、二杯目はお好みで瓶底の酵母を巻き上げビールに継ぎ足すことで、少し複雑な味わいが楽しめます。
また、ひと目見ただけで忘れられないようなグラスはガージェリービール専用につくられたもので、「リュトングラス」と名付けられています。この不思議な魅力を放つグラスの側面にはルーン文字で“ガージェリー”と描かれています。
なんで飲食店でしか飲めないの?中の人に聞いてみた
今回お話を伺った場所は、JR京葉線潮見駅から徒歩2分の場所にある「潮見スキッパーズ」。潮見運河が目の前に広がる広々としたお店では、素材や手作りにこだわり抜いたハンバーガーがいただけます。
ー今日はよろしくお願いします!早速ですが、ガージェリーを企画・販売する株式会社ビアスタイル21は、もともとキリンビールの社内公募からはじまった事業だったんですよね。
別所さん(以下、敬称略):はい。キリンブランドを冠さず、新しいビジネスモデルのビール事業を企画するというテーマのプロジェクトで選ばれたのが、営業やマーケティング畑の僕と、工場や調達など製造サイドの経歴を持つ佐々木正幸の二人だったんです。
ー一番はじめに造ったビールが「ガージェリー・スタウト」だと知ってびっくりしたんです。ピルスナーのような日本人に馴染みのある味わいのビールではないんだと思って。
別所:ふたりともそれぞれにやりたいことがあったんです。佐々木は究極に新鮮なビールを飲んでもらいたいっていう思いがありました。一方の僕は、ピルスナービール一辺倒の日本の市場に対して、もっと個性のあるビールを新しいスタイルで提案したいと考えていたんです。
ーそこからスタウトに?
別所:新規事業の企画を始めたときに、ふたりでイギリスやベルギーに視察に行ったんです。そのとき、僕たちが造りたいのはピルスナーではないよねって。あとは「ビター&スタウト」というキーワードも浮かんで、そこから最初に造るビールをスタウトに決めたんです。
ー他にスタウトにした理由はありますか?
別所:大手ビールメーカーもスタウトのような濃厚なビールの販売はしていたんだけども、結局あまり売れるものではなかったんですよね。実際、市場で滞留する時間が長いので、たまにスタウトを飲んでみようと思った人も「なんかおいしくない、やっぱりいつものビールがいいな」となってしまう悪循環に陥っていたんですよ。その悪循環の逆を突いて、スタウトを一番良い状態で飲んでもらえる仕組みをつくろうと。
ーというと?
別所:味わいや香りが劣化してしまう原因は酸化なんですが、樽詰めをするとどんなに注意しても酸素が入ってしまい劣化が進行しちゃうんです。そこで、注文ごとに工場のタンクから樽詰めして翌日お店に冷蔵便で直送することで、酸化を最小限におさえた新鮮な状態のビールが届けられると思ったんです。
ーなるほど!
瓶や缶だと毎日受注した分だけを詰めるというのは難しいんですけども、10Lや15Lの樽ならばそれが可能で、飲食店に対象を絞れば実現できると考えたんです。
ースタウトを新鮮な状態で飲んでほしいと突き詰めた結果が飲食店限定ビールだったんですね。
グラスの秘密
ーガージェリーのビールを象徴するグラスは、どうしてこの形になったんですか?
別所:2000年頃、小さいながらもベルギービールがブームになっていたこともあって、「ベルギーのビアカフェのようなおしゃれな場所で飲めるビール」を、というイメージが頭の中にあったんです。あとは、スターバックスコーヒーが広がりはじめた時期で、空間も含めたブランディングっていいなと。
ー広々とした喫茶店ともまた違う外国のカフェのような空間は、落ち着いた大人の雰囲気ですもんね。
別所:でも、ビールメーカーがお店を展開しても、畑も違うしうまくいかないだろうと思っていたので、店舗展開は考えていませんでした。ただ、ターゲットは“バブルを経験して赤ワインを好んで飲んでいたような30〜40代の女性”。そんな方たちが青山のカフェでスタウトビールを飲んでいたら格好いいかも、と妄想をしたとき、何か特別なものでブランディングしたいと考えたのが、グラスで空気感を演出する方法でした。
ーリュトングラスを持った大人の女性、すごく想像できます。
別所:樽(生ビール)って、瓶や缶と違ってラベルが無いじゃないですか。そうなるとグラスしかブランドを演出するものがないじゃんと思って。
ー確かに。
別所:たとえばベルギービールのグラスって、一度見たら忘れられないようなものも多くて。そんな特別な空気感をまとったグラスを開発しようと思ったんです。ただモノ(=ビール)を売るというよりも、その空気感も含めて届けたいという思いで、リュトングラスを作りました。
ーガージェリーのコンセプトに「Archetype(アーキタイプ=元型)」というのがあるとのことですが、どうして“元型”だったんですか?
別所:ガージェリーは自分の心の最も奥底に入っていくような、一番自分が素直になれるときに飲んでほしいよね、なんて話をしたんです。そこから心理学でいう「元型」というキーワードが出てきました。
オリジナルグラスについても、器の起源は何だろう、ということから、動物の角を利用した飲器=角杯(リュトン)ということに繋がったんです。
ーロゴや名前も別々で考えていたものが根本で繋がっていたというのもブログで拝見して、ちょっと鳥肌がたちました!グラスの側面の文字は、アルファベットの原点でもあるルーン文字なんですよね。
別所:そうです。ガージェリーと書かれています。アルファベットで書かれているより、雰囲気をまとっていていいでしょ。
20年変わらない“おばあちゃんの味噌汁”
ーガージェリービールはエチゴビールの醸造所で製造しているんですよね。
別所:はい。醸造責任者の佐々木が管理していて、エチゴビールの醸造所で造っています。
ー別所さんはエチゴビールのマーケティングも担当されていますが、ガージェリーの醸造をお願いするようになったことも含め、どのような経緯があったんですか?
別所:ガージェリーを立ち上げるとき、キリンが持っている醸造タンクだと大きすぎるので、ビジネス規模に見合った小規模なブルワリーへの醸造委託を考えていました。そんな中、関係者を通じて紹介がありエチゴビールに醸造をお願いすることになりました。
その後、ビアスタイル21がキリンの資本を離れ、エチゴビールとの相互協力の関係が深まっていったのですが、2018年からは私が同社のマーケティングをお手伝いするようになり、もはや一蓮托生と言っても良いくらい近い存在になっています。
ーレシピって創業当時と比べて変わっているんですか?
別所:何も変えていません。20年間ネーミングもデザインもレシピも変えていないです。ホップもモルトも創業当時からずっと同じところから同じものを仕入れていて、100%フランス産のモルトと、チェコとドイツ産のホップを使っています。
ーお料理と一緒にガージェリービールをいただいたんですが、香りは優しくモルトの甘みをとても感じてするする飲めてしまって、お料理とも合わせやすいなという印象でした。
別所:そうですね。ドイツ・チェコ産のホップを使って、香りすぎない上品な香りにしています。あと、ガージェリーはやっぱりドリンカブルであることを大切にしていて。一杯飲んで、もう次はいいやというような個性が強すぎるものというより、何杯でも飲み進められるようなビールにしたいという思いで設計しました。
ースタウトでも重すぎることもなくて、ハンバーガーにもすごく合います。ごくごく飲んでしまう。
別所:チェコ・ドイツ産ホップの上品な香りと苦み、モルトの甘みのバランスと、新鮮だからこそのフレッシュ感もあって。それに、「ガージェリー・スタウト」は100日、「ガージェリー・エステラ」は60日以上かけて発酵・熟成をしているので熟成感もあるはずです。
ー発酵と熟成の期間って、普通はもっと短いですか?
別所:大体ラガーと呼ばれるものは3〜4週間、ペールエールも2〜3週間じゃないですか。スタウトでも木樽熟成などの特殊なものは別として、ふつうだと1ヶ月くらいまでだと思います。
ーおお、それに比べるととてもじっくり熟成されていますね…!アメリカンホップを使ったような香り華やかなビールも好きですが、バランス感のあるガージェリーの味わいは、なんだかほっとします。
別所:僕はね、今のほとんどのクラフトビールはよく言うと、一流の醸造人がクリエイティビティを発揮してお客さんを楽しませる飲み物だと思っているんだけど。ガージェリーはそれでいうと、おばあちゃんの味噌汁。
ーおばあちゃんの味噌汁!!
別所:いろいろあっても最後には、自分が生まれ育った家で飲んだおばあちゃんの味噌汁を飲みたいと思う、ガージェリーがそういう味わいとか存在であってほしいと思うんですよね。
ーあーとてもしっくりきます。
別所:おばあちゃんの味噌汁は変わっちゃだめじゃないですか。だからね、20年間変えていないんです。
ガージェリーは地ビールかクラフトビールか
ーここまでお話を聞いていても、ビール界隈のなかでも特殊な存在だと思ったのですが。ビールの発酵と熟成に時間をかけすぎですし、新鮮なものを届けたいからって飲食店限定ですし、不思議なグラス作っちゃいますし。
別所:これはねもう昔からね、僕らの悩みなんですけど。エチゴビールで造ってもらってるでしょ。そうするとね、「新潟の地ビールです」って紹介されちゃうんですよ。
ー地ビール…。なんだかしっくりこないですね。
別所:僕らは元々そんなつもりで造ったわけじゃなくて。仮にキリンビールの商品が取手工場で造られている場合に「これ取手の地ビールですね」って言わないでしょ。
ー言わないですね。
別所:僕らは醸造作業についてはエチゴビールに委託しているけれど、ホップはドイツやチェコ産だし、モルトはフランス産だし。新潟の水にこだわっているわけでもない。工場の住所が新潟っていうだけ。でも「大手じゃなければどこのビール?あ、新潟の地ビールか」ってなっちゃうんです。それをもう20年間も言われ続けてて、そのたびに違いますって言っているんですけど。
ークラフトビールの方がまだわかる気がしますが、それでもなんだか違う。
別所:クラフトビールっていう言葉はイメージだと思っています。たとえば、クラフトビールは手で造っているから美味しいのか。大手はホップを機械で入れますけど、エチゴビールはバケツに入れたホップを手で入れてるわけでしょ。機械とバケツの違いって何なの?って思いませんか。
ー何なんでしょう。
別所:だから必ずしも手で造ったから美味しいですよっていうのは、あくまでもイメージとして、言葉としてはおいしそうだけど、それをガージェリーではあえて使って盛りたくないというか。
本当にプレミアムなのは、100日間本当に熟成させて、樽詰め翌日に届けてる。これが他にはないプレミアムなビールですと。味が美味しいまずいってのはたとえば天然水であることじゃないし、そこで盛りたくないんです。だからクラフトビールって言葉も手作りだからおいしいっていう、そういう雰囲気には乗りたくないんですよね。でも、地ビールっていうよりかはましなので、今はねクラフトビールって言われたらはい、クラフトビールですって答えちゃってますけどね(笑)
これからもつづくガージェリーの物語
最後に別所さんは、いくつかのカードを見せてくれました。そこには、ガージェリーにまつわる物語とイラストが描かれていました。
この物語は、創業当時からはじめたガージェリーを知ってもらうためのひとつのプロモーションだったそう。お店でガージェリーを選んでもらうためにメニューブックに挟んで使ってもらう商品POPでしたが、後にガージェリーにまつわる物語とイラストを組み合わせたカードに。作者は、ガージェリーの物語を書いたあとに芥川賞や直木賞などを受賞した方も多いことから、別所さんによると「芥川賞の登竜門と言われることもある」そう。
物語カードは、ガージェリーを扱うお店で見つけられるかも。ぜひ店員さんに聞いてみてくださいね。
取材が終わり、ふうっとひと息つくと、2時間ほどの間に聞いたたくさんのお話が頭のなかをぐるぐると駆け巡った。
誤解を恐れずにいうと、“今”のトレンドのビールとは一線を画し、また、コロナ禍での家飲み需要が高まりをみせるなかでも新鮮であることを追求し、「飲食店限定」にこだわり続けたのがガージェリービールだった。
けれども、家ではなく飲食店で食事やビールやその空間をゆったりと堪能したいとき、飲食店での特別な時間を演出するビールは、リュトングラスに入ったガージェリーであってほしい。あわよくば、ガージェリーの物語カードにかかれるような出来事が起こらないかななんて淡い妄想も抱いてしまうほど、ガージェリーに惹かれていたのは言うまでもない。
そんなことを考えてしまうなんて、物語カードを読みすぎたのかもしれないなと思ったのだけれど、ふと、ガージェリーのここまでのお話自体がひとつの物語だと気づいたのだった。