お待たせしました! 東京ビアウィークの終盤、4 月 10 日(金)にまだオープン前の代官山 SPRING VALLEY BREWERY TOKYO(スプリングバレーブルワリー東京、以下、SVB東京)にて、行なわれたクラフトビールトークセッションの模様をほぼ全文書き起こしました。日本のクラフトビール業界の蒼々たる面々が登壇したこのイベント。抽選制のイベントだったため、本当はとても行きたかったけれど残念ながら当日行けなかった方も多かったのではないでしょうか。そんな方も、今回このイベントがあったことを初めて知る方にもお楽しみいただけるよう、少しの補足を加えて本邦初公開! 本日から 3 回の連載をお楽しみに!
クラフトブリュワーズ・トークイベントとは
4 月 3 日(金)〜 4 月 12 日(日)まで行なわれた“東京ビアウィーク”のメインイベントとしてキリンビールが代官山に新しくオープンするSVB東京にて行なわれたクラフトビール界の重鎮たち7名を集め、日本のクラフトビールのこれまでの歴史や今後をテーマにして白熱した議論を繰り広げたトークセッション。90 分間、延長なしで行なわれた。
「クラフトブリュワーズ・トークイベントat SPRING VALLEY BREWERY TOKYO」
テーマ:これからのニッポンのクラフトビール~七人のSAMURAIによる本音トーク~
4 月 10 日(金)19:30〜
<ファシリテーター>
藤原ヒロユキ(F)
パネラー:
木内敏之(木内酒造 取締役)
朝霧重治(コエドブルワリー社長)
小田良司(日本地ビール協会会長)
青木辰男(両国「ポパイ」オーナー)
チャック・ハーン(豪モルトショベルブルワリー マスターブリュワー)
田山智広(スプリングバレーブルワリー・シニアマスターブリュワー)
ブライアン・ベアード(ベアードビール代表)
台本はなし、打合せもそこそこの、今回のトークセッション。まずは、今回の主催者、スプリングバレーブルワリー代表取締役の和田氏から挨拶と東京ビアウィークの木内委員長より乾杯の発生からスタート。
和田氏(スプリングバレーブルワリー代表取締役):みなさんこんばんは! 雨の中ようこそいらっしゃいました。スプリングバレーブルワリー東京へようこそ! 今日は、スプリングバレーブルワリーのこけら落とし講演とし、このイベントを主催しました。このようなカタチで一般のお客様をお迎えするのは、このお店、初めてです。来週の 17 日(金)に 11 時からオープンするので、昼ビーが飲みたい方はぜひ駆けつけていただければと思いますが、その次の日からは朝 8 時〜 24 時まで営業します(会場:マジでー!!)。朝 8 時から朝ビーが飲めます(笑)。
今日いらしていただいたビアラバーの皆様、また、こんなおかしなイベントに取材に来てくれた風変わりなメディアの方々、ありがとうございます。皆様に囲まれてスプリングバレーブルワリー東京のデビューを飾らせていただきたいと思います。もちろん、我々単独でできるわけではなく、東京ビアウィークさんんとの一緒の企画でやらせていただいてますので、この後木内さんにバトンタッチしますけど、中々顔を合わせることもないだろう、日本のクラフトビール図鑑に載っているような方々に一同に介していただき、我々の門出を祝っていただける、非常に光栄な機会になりました。本当にありがとうございます。
今日は 7 人の侍、本音トークバトルということで、あんまり今は侍っぽくないですが、喋り出すと侍になるんじゃないかなと期待しております。 1 時間半マックス、延長なし!ということで、新しい日本のビアルネッサンスの夜明けを、今日、飾りたいと思います。フリードリンクですが、飲み放題ではなく、じっくり美味しいビールをたのしんでいただければと。 20 樽くらいはそれぞれ在庫がありますので、なくなることはないです。ぜひ存分にお楽しみください。
木内実行委員長(以下、敬称略 木内兄):こんばんは。東京ビアウィークを代表して、ご挨拶を・・・
昨今、大手のビールメーカーがクラフトビールに参入し、色んな方が色んなことを言ってますが、個人としてはこの参入を期待していましたし、歓迎しています。日本のクラフトビールが一過性のブームではなく、さらに発展していくには大手の参入が必要だと思っていたからです。半年くらい前に和田君( SVB 社長)と一緒に飲みながら話したとき、相手はキリンビールといえど僕の方がクラフトビールでは先輩なので(笑)、「なんでそんなことやるの?」と聞いたら「キリンビール、色んなことで厳しい状況にありますが、ビールの楽しさを伝えたいんだ」と目を輝かせて言っていて、これはいいな、と。
スプリングバレーブルワリーのオープンとビアウィークの開催がほぼ同時期だったので、「一緒にイベントをやれないか?」と相談したら、和田君が快く受け入れてくれました。
何回か今回のイベントの打合せでここに来てますが、代官山ですよ? 代官山。私も代官山にブルワリーほしいです(笑)。(一同爆笑)
代官山にスプリングバレーを持った時点ですでに成功はお墨付きだな、と私は思ってます。今日はお越しいただき、ありがとうございます。また、スプリングバレーブルワリー様のご協力、ありがとうございます。
乾杯!!
〜ファシリテーター藤原氏にバトンタッチ〜
地ビールって平凡で高いというイメージだった!? 地ビール解禁からの日本クラフトビール
藤原氏(以下、敬称略):こんばんわ〜。まずはこの7人の侍をしょうかいさせていただければと・・・・。
〜 1 人ずつ、登壇者紹介〜
実はね、今日、私、先ほど笛渡されまして・・・猛獣使いじゃないっていうのに。
話しに火がついたら笛をふけと言われまして・・・(笑)
あと、みなさんには旗がくばられているんですが、その旗をあげてはなすときはオフレコです。これが出たときにはSNSなどにはつぶやかないように〜。(一同爆笑)
でもできれば笛は吹きたくない。その分、それぞれ旗は皆さんしっかり使ってもらいながら、本音トークで行きたいなと思っています。こういう場だとどうしてもオトナの配慮という感じになりますが、そういうの無しでいきたいと思いますのでよろしくお願いします。
今日はね、ほとんど打合せなしです。出たとこ勝負。でも簡単なテーマを言われていまいて。
「日本のクラフトビールの今まで、今、そして今後」を話してほしいと。
さて、歴史的なことから話しを始めていきたいのですが・・・
元々、日本では大手メーカーしかビールがつくれなかった。
年間 2000 kL つくれないと免許がおりない時代が長く続いた。それが、1994年4月1日に制度が改正されて、日本でもクラフトビール、当時地ビールと言われていましたが、始まったわけです。
その辺りは小田会長が詳しいでしょうからよろしくお願いします。
小田氏(以下、敬称略): 1994 年の 4 月 1 日に法律が代わり、その 7 月 24 日に協会を設立しまして、 95 年 17 社立ち上がったのを覚えています。そのときに、協会としてビアテイスターのセミナーをやりました。それが一番最初。 98 年には突然 300 社くらいに。そのころアメリカに行くと、クラフトビールとは呼んでなくて、ブリューパブとかマイクロブリュービアとか呼ばれてて、ビール業界のマイケルジャクソンているんですけど、その人がビアコンパニオンという著書の中でニュージェネレーションブリュワリーと言ってた。ワインのニューワールドなんかと一緒ですね。
藤原:一期生というのは木内さんとかコエドさんとかあたりですかね?木内さんどうでしたか?
木内敏之氏(以下、敬称略 木内弟):本当に台本ないんですね(笑)。
当時、小田さんが和訳した、アメリカの本(マイケルジャクソン*1の本)をバイブルにしていた。マニュアルですね。こんなモルト、こんな機械というようなマニュアルがあって。あのころ、小田さん商売上手で2万くらいする高い本だったんですよ!!(笑)
小田:翻訳代がかかっちゃって(笑)
*1:マイケルジャクソン(1942.3.27 - 2007.8.30)- Wikipedia
朝霧氏(以下、敬称略):僕らは埼玉県で誕生したブルワリーなんですけど、規制が緩和されてどちらかというとバブルが崩壊した日本で地域経済が痛んでしまった状態で、どう元気にしていこうか、というところが題目としては多かったと思う。うちは川越なんですけど、今、年間 600 万人程の観光客が来ています。当時の1つのテーマは観光地でお土産物であったりとか、新しいスポットとしてブルワリーという事業を使おうというということが時代背景として強かったように感じてます。
藤原:なるほど、そうした背景から大きなブルワリーができたわけですね。そして、その後、ベアードさんが始められた?僕、当時行ったのですが、この部屋の半分くらい?
ブライアン氏(以下、敬称略):そう、 5 分の 1 くらいかな(笑)。
当時、僕、日本研究をアメリカの大学院でやっていた。その後東京に来て、元々ビールの愛飲者だったんです。ビール大好き…、ビール大好き……、ビール大好き!( 一同爆笑)。この 25 年、僕ほど大手のビールを飲んだ人はいない。別にね、偉そうなこと言っているわけではなく、相当大手のビールも飲んでるし、大好き。
当時の小規模の地ビールって前例としては地酒があった。地酒って地方で小規模で職人が心を込めて情熱的に酒をつくっていた。そういう前例があるから、日本で地ビールも受け入れられると思っていた。妻も応援してくれて、アメリカに戻って、醸造学を学んだプロになって日本に戻った。 98 年頃。日本の地ビールブームは終わってた。で、ほとんどがその頃、地ビールで、観光のためのツールであって、ビールじゃなかった。
その頃、地ビールって平凡で高いというイメージしかなかった。
だからクラフトビールという言葉だけを僕は使ってきた。 90 年にアメリカで勉強しているときもマイクロブリュワリーと呼ばれていた。でも、心のこもったビール、それを僕はクラフトと呼んでいた。観光のためじゃない、本当に大好きな、愛情に溢れたビールをつくりたい。純粋なビール愛でビールのためにやる。そうやっていいビールをつくっていれば観光客の誘致にも自然とつながるし、やっと今、こうなっている。嬉しい。
そんなのあり? 一番小さなブルワリーが一番高い酒税を納めている現状
藤原:その頃から売り手をやってた青木さんはどう考えている?
青木氏(以下、敬称略):クラフトビールを初めて店で扱ったのは第一号のエチゴビールができたときで、だからビアパブ一号ということになっているんだけど。当初は地ビールってことで「ビールは旅をしない、だから旅をしよう」なんて旅行業界がやってたよね。でも中々そっちはうまくいかなくて。 2000 年くらい、返品量の方が多くなって、 300 以上あったブルワリーが 200 を切って。うちの店でも置くビールがなくなっちゃって。なんとかそれでも置きたいので、あるブルワリーにお願いして、オリジナルビールをつくってもらったこともあったんです。その当時、地ビールって言葉が嫌いではなかったんですが、イメージ的にお土産物にみられてしまったことと、またその当時( 2000 年頃)、酒税法がやっぱりダメにした。規制がね。原料に関して、未だに関税割当(*2)というのがのがあって今年度使う原料はこれだけありますから、これには税金をかけないでください、みたいなこと。肉業界なんかでも昔はあったけど、今は自由化されているのに、未だにビール業界ではある。笑っちゃうのが、その頃、あるビールメーカーから、パブなのに、僕のところに「青木さん、モルト買ってくれないですか?」なんて言われたことがあって。関税割当があるから注文しなきゃいけない。でもビールの製造量が落ちると原料が余っちゃう。だからあの頃、余った古い原料でつくっているひどいビールなんかもあった。それによってきちんとしたタイミングで欲しい材料を手に入れられなかった。
で、それが今も何一つ変わってない。僕はいま新潟で店の 2 割のビールを造っている。で、それって高いんだよね。ぶっちゃけ、買った方が安い。
そもそも僕、大手が造るクラフトビールに興味なかった。
でも、それについて取材が来ちゃって。無視もできなくなった。(爆笑)
実際に今日ここに来て、拝見させていただいて、さすが、大手だなと思いました。これだけの投資をして、やるのは絶対もうからないし、大手だからこそできること。しかもそれによって活性化されるなら、それは歓迎したいなと。営業としては儲からないんじゃないかなと(笑)。
*2:関税割当制度–経済産業省
藤原:青木さん、お代わり欲しいんじゃない?(笑)
青木:それで、日本には醸造者協議会(*3)ってのがある。木内さんなんかも入ってる。
それとは別に、大手が入っているビール酒造組合(*4)というのがあるんだけど、そこに地ビール業界が参入したかったんですが、断られた歴史があって。だから僕はキリンさんがクラフトビールを始めたので、僕たちのクラフトビールの会に参加してくれるのかなぁなんて思ってて。
*3:全国地ビール醸造者協議会
*4:ビール酒造組合
藤原:田山さんどうですかね?
田山智広氏(以下、敬称略):何をしゃべっても分が悪そうだけど・・・笑
でも、当時でしたら私はそっち側(お客さん)で聞いていたほうで、クラフトビールを好きな、あるいは飲んだ量では負けないくらいのファンなんですが。いきなり醸造組合の話しが来るとは思わなかったですが(笑)、志、気持としてはぜひ一緒にやっていきたいと思っている。
青木:いや、ぜひ、そうしていただいて。軽減税率(*5)ってあるんですが、うちの発泡酒免許は枠にハマってないからこれに当てはまらない。そっくり払う。一番小さいところが一番高い税金を払わなきゃいけない。
*5:1300kL 以下で 200kL のビールに対して 15% の税金が軽減される。
藤原:それ、今後の話しのときにやりましょう(笑)。海外の事情もお聞きしたいので、チャックさん、どうでしょう?
チャック氏(以下、敬称略):私は 40 年前クアーズという大きな醸造会社で学びました。 1980 年代にオーストラリアに渡って 88 年にハーンブルワリーをスタートしました。当時の醸造企業 20 社くらいのうち、クラフトビールとしては初めて。クラフト、マイクロとも言わずに、ブティックと言っていました。事業を伸ばして、その後 90 年代に入ってライオンと一緒になりました。当初はハーンプレミアムというブランドで伸ばしていき、その後、今に続いているジェームズスクワイヤーというブランドを出しています。今、オーストラリアでは最大手のクラフトブルワリーです。今も話しがありましたが、クラフトビールは味の一言に尽きると思っていて、そんな話しも今からしていきたい。クラフトビールは本当にエキサイティングでしょ?
▼第 2 弾!続きはこちら
〜これからのニッポンのクラフトビール~七人のSAMURAIによる本音トーク~[2]自分が飲みたいものをつくりたい!それが本当に愉しいこと