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お酒は二十歳になってから。

Column ビールのつくり手になって見える景色が変わった話

2021/05/03


「黄金色した炭酸ガス入りのおいしいお酒」

ビールという物体そのものを描写したら、こんな言葉で表すことができると思います。
(色については他にもいろいろありますが)


みなさんの目にはビールはどのように映っていますでしょうか?



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こんにちは。髙羽 開(たかば かい)です。

新米ブルワー(ビール職人)のコラム連載「拝啓、ビール職人になりました。」の第3回になります。



クラフトビールをつくることがお仕事になって、まもなく4ヶ月が経とうとしています。まだまだひよっこのぼくですが、4ヶ月前と今とでは、ビールやビール業界に対する知識も増えました。

それにともなって、見え方が変わった「ビールの世界」について、今日は書いていこうと思います。


ブルワーの先輩方はもちろん、ビール愛好家の中には「そんなの知ってるし!」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、どうぞお付き合いください!


ビールづくりは自然科学の探求


ビールをつくること自体は難しくないけど、本当においしいビールをつくることはめちゃくちゃ難しい

今までお会いしたブルワーさんからこの言葉を言われたのは一度や二度ではありません。

ぼくはまだ、自分がイチから考えたレシピでビールをつくったことがないので、この言葉の本当の意味を自身の経験の中で理解することはできていません。ですが、経験ではなく知識としては、この難しさを構成する要素がいろいろとあることは少しずつわかってきまして、その要素のひとつに「自然科学」はとても関係しているんだろうな、と思っています。

自然科学は、その名の通り自然界に起こるあらゆる現象の法則性を明らかにする学問です。自然科学に含まれる学問はたくさんありますが、ビールづくりには少なくとも化学・物理学・生物学が深く関わっています。


ビールの主な原料は、水・大麦・ホップ・酵母。すべて自然界に存在しているものです。

高校時代を少し振り返るような内容になりますが、水は水素(H)と酸素(O)という2つの元素が集まってできたものですし、大麦やホップは、炭素(C)、リン(P)、カリウム(K)、酸素(O)、水素(H)などで構成されています。

ちなみに、上の写真でうち(Mukai Craft Brewing)の醸造長・Kenさんの左手の上にのっている黒(炭素)、黄(水素)、赤(酸素)の丸の集合体は、お酒をお酒たらしめる「エタノール(C2H5OH)」の分子です。原料のひとつである「酵母」という微生物が糖を食べて、エタノール(アルコール)と炭酸ガスを発生させることを「発酵」といいますが、その発酵を「化学式」という表記方法で(とってもざっくり)表すと、「C6H12O6(糖) → 2C2H5OH(エタノール) + 2CO2(二酸化炭素)」となります。

電気やガスなどを使って醸造設備を動かしたり、ときに人の手を加えたりしながら、さまざまな物質を混ぜ合わせてぶつかり合わせたり、加熱したり、冷却したり、寝かしておいたりする過程で、さまざまな(本当にさまざまな)化学反応が起こりビールという液体は出来上がります。


それぞれの化学反応には、その反応が活発になる一定の環境があり、その環境を自分がつくりたいビールに合わせていかに正確に用意できるかでビールの味は決まってきます。ブルワーの腕の見せどころというわけです。


ぼくの師匠であるKenさんが元高校の物理と化学の教師だから、というのもあるかもしれませんが、「タンクの中で今なにが起きているのか、分子レベルできちーんと理解することが大切だよ。理解すればするほど、ビールづくりはもっと面白くなるよ」とよく言われます。


根っからの文系男子であるぼくにとって、その複雑な世界に毎日ヒーヒー言いながら勉強していますが、やっぱり知っていると知っていないとでは、見える景色は少しずつですが変わってきました。




まだまだ勉強し始めたばかりですが、自然科学の視点からビールの世界を見ることは、とても楽しいです。


アットホームでオープンなつくり手たち


先輩ブルワーのみなさんの「オープンさ」や「ウェルカムさ」については、連載初回で詳しく書きましたが、この業界に入って1番の衝撃だったのはやっぱり、ブルワーという職業人の温かさと、彼ら彼女らで構成されるこのクラフトビール業界の習慣です。(あくまで個人的な経験をもとに書いているので、業界全体に共通しているとは限らないことをご了承ください!)


装置産業である(ビールづくりにはさまざまな設備が必要となる)ことや、お酒をつくるには免許が必要という日本の法制度上、個人がつくり手として業界に参入するハードルは決して低くありません。諸先輩方のいろんな助けがあってはじめて、多くのブルワーは醸造のスキルや経験を習得できたり、自分のブルワリー(醸造所)を立ち上げることができます。


数年後に自分のブランドの立ち上げを目指しているぼくも諸先輩方から日々ご指導いただいている1人で、師匠であるKenさんはもちろん、Kenさん以外のブルワーさんにも日々LINEやMessengerで質問や疑問を投げかけさせてもらっています。


KenさんもKenさんで、日本に移住をしてクラフトビールをつくっているアメリカ人、イギリス人のブルワーさんと毎日のようにメールや電話で情報交換をしています。(Kenさんは日系4世のアメリカ人です)

同じ会社の先輩に質問するならまだしも、ぼくが日々やっていることは、一般的には競合にあたるブランドのつくり手さんのお時間と長い年月をかけて培われた知識・経験を“無料で”いただいているということです。これが習慣的に行われている業界は、なかなか無いように思います。


「わからないことがあったらいつでも連絡ちょーだいね」という先輩方のお言葉にいつも甘えていますが、時間あたりの生産性や社会に提供している価値でいうと、現時点で先輩ブルワーとぼくでは比べものになりません。そんな諸先輩方にご協力いただいているんだという認識はしっかりと持ちつつ、ぼく自身も先輩方にしていただいていることを同じように後進の方々にできるように、知識と経験をしっかり磨いていかねばなと日々感じています。


まさに“愛好家”な飲み手のみなさん


最後は、ビール愛好家の方々についてです。

ブルワーになることが決まった去年の11月ごろ、大学卒業と同時に使わなくなっていたTwitterを再開しました。ビール愛好家の方々とつながることと、情報収集が目的だったのですが、気づけばぼくがフォローしている人はほとんどがビール愛好家の方々になり、タイムラインは毎日ビールで溢れかえっています。


どこかのブルワリーがクラウドファンディングを始めれば、たくさんの人がその情報をシェアして応援。

スペルミスで話題になった「サッポロ 開拓使麦酒仕立て」や、キリンビール株式会社の「SPRING VALLEY 豊潤<496>」、「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」、総選挙で復活が決まった「僕ビール、君ビール。よりみち」などの発売開始日には、まるでお祭り騒ぎかのごとく、それぞれのビールに関するツイートでタイムラインが埋まりました。

なにもない日でも、平日でも休日でも、今飲んでいる、昨日飲んだビールについて、写真と感想をツイート。

3度目の緊急事態宣言期間中に酒類提供が禁止されることが決まったときは、少しでも飲食店のビールの廃棄を減らせるようにと、宣言開始前に応援しているお店に行かれている方や、購入できる通販サイトをまとめたスレッドをTwitter上で立ち上げた方もいらっしゃいました。


ぼくがフォローしている愛好家の方々もまだ数百人程度です。また、ぼくがビールについて情報収集・発信をしているのはTwitterが主なので、InstagramやFacebookなどでは、Twitterで日々ぼくが目にする方々とはまた別の、多くの愛好家のみなさんが日々ビールの魅力を発信されています。普段SNSで発信をしない愛好家の方だって五万といらっしゃると思います。

当然ですが、日本全体から見ればビール愛好家の世界もごくごく小さい世界でしかありません。また、つくり手としては、愛好家以外の方々にもビールの楽しさを知ってもらいたいという気持ちが少なからずあるので、愛好家の方々の声に耳や心を傾けるときと傾けないときの軸は、自分の中で持っておかなきゃいけないとも思っています。

ですが、病めるときも健やかなるときも、ビールが好きで日々「おいしい!」とビールの魅力を発信をしてくださる方々がいることがどれだけ業界を支えているかは、本当に計り知れないと思います。


ブルワーになったばかりのぺーぺーが、どの立場で書いとんねん、と自分でも思いますが、ほかのブルワーのみなさんも間違いなく似たようなことは思われているんじゃないかと思います。


ぼくがブルワーになる直前の昨年9月に、中四国のブルワリーを巡ってお話を伺ったとき、「コロナ禍で学んだのは、自分たちがいかにビールファンのみなさんに支えてもらっていたか、ということ」と多くのブルワーさんが口を揃えておっしゃっていました。



Twitterのタイムライン上で目にする愛好家の方々の投稿に「いいね」を押しながら、先輩方のこの言葉を日々思い出しています。






つくり手になって見え方が変わった「ビールの世界」について、今日は書いてみました。

4ヶ月でこれだけ景色が変わる世界です。ベテランブルワーのみなさんにはどんな世界が見えているんだろうと妄想すると、楽しみと途方の無さが入り混じった感覚になります。


自分の目から見える「ビールの世界」が変わるたびに、その様子をこのコラムで書いていければと思います。

ひとりのブルワーの地道なステップアップの過程を、ぜひ楽しんでいただけるとうれしいです。

それでは。




Cheers(乾杯)!!

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kai takaba ライター

新米ビール職人。高知県の『Mukai Craft Brewing』での修行を経て、現在、自身の醸造所とブランドを立ち上げ中。ビールづくりを通して「調和を生み出す補助線を引くこと」を目指しています。

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