キリンビールの新しいクラフトビールブランド「SPRING VALLEY BREWERY (スプリングバレーブルワリー)」。まもなくオープンするブルワリー併設店舗「スプリングバレーブルワリー東京」(代官山)で、同社でマーケティングマネージャーを務める吉野桜子さん×ビール女子編集長の瀬尾裕樹子のスペシャル対談が実現しました。ビール女子的目線でビールづくりの今をお届けします。白熱対談60分!
キリンビール株式会社が昨年 7 月に発表したクラフトビール事業及びその事業会社。この春、代官山と横浜にブルワリーレストランをオープン。「未だかつてない“ビールエクスペリエンス”の体験の場」として、飲み手同士や造り手と飲み手の新しいコミュニティ創造に取組む。
スプリングバレーブルワリー社長和田氏との運命的な出会い
瀬尾:吉野さんがビールに携わるようになったのは、どのようなきっかけだったのですか?
吉野さん(以下、敬称略):現在のスプリングバレーブルワリー(以下SVB)代表の和田が、私が通う大学の授業で講義をしたことがきっかけです。私は文学部で経済学部の授業をモグりで聴いていたんですよ。同じ大学だったら全学部受けたいと思って。
瀬尾:!!! すごく意識高い系の学生だったのですね。
吉野:いえいえ。たまたま商品開発の授業をしていて「お酒つくるの面白そう!」と思ったんですよね。それであまり他のことは考えずにエントリーシートを送って、キリンを受けたんです。
瀬尾:すごい! なんだか和田さんと SVB を立ち上げるべくして出会ってしまった、運命みたいですね。
吉野:ただ、和田の話に感動したのに、本人の顔は入社しても覚えてなくって。一緒に仕事をし始めてから「俺だよ!」と言われました。「あ、ごめんなさい」みたいな(笑)。
瀬尾:(爆笑)。ビール自体はもともとお好きだったのですか?
吉野:はい、ビール自体は好きでしたがお酒全般が好きで、お酒って「いいコミュニケーションツール」だなあと以前から思っていました。大学時代、私はずっと演劇をやっていたんですけど、演劇はその場所にいる言葉の通じるひとにしか伝わらないのです。音楽やスポーツは言葉を超えたところにあるじゃないですか。でも私は運動神経も悪いし音痴なんで、そちらの業界は無理だなと思ってて。お酒は海外などで言葉の通じないひとと気がついたら飲んでいたこともあります。そういった意味でお酒を通じたコミュニケーションに携われると、なんだか人生楽しそうだなと。ものをつくる事も好きですし、文学部ですから「商品企画」のようなアプローチで、メーカーでお酒をつくれるといいなと思いました。
瀬尾:なるほど。こんな、深イイご縁って、取材していてもそう滅多に出会えないことも多くて。特にない方も多いと思います。なんとなく来ました! みたいな感じのインタビューになったらどうしようと思っていましたが(笑)、すごくいいご縁を伺えて嬉しいです。
吉野:瀬尾さんは?
瀬尾:私の場合は、元々理系の大学を希望していたのと、スノーボードがしたくて信州の大学に行ったんですよ。それで戻りたくないので、スノーボードを続けるにはどうしようと思って、夏場はめちゃめちゃ忙しくて、冬場は休みが多いらしいと人づてに訊いたブルワリーだ!ということになりまして。なんとなくバイオ出身で、ビールをつくる仕事をするというのは、親に言い訳が立つんです。スノーボードのために親不孝しているわけじゃないよって。そこからハマっていったんですけど、そもそもの動機が不純ですよね(笑)。
ビールへのイメージ、先入観を逆手にとった開発
瀬尾:入社してからビールのイメージに変化はありましたか?
吉野:ビールは好きでしたけど、そんなには詳しいわけではないまま会社に入りました。キリンビールなのでピルスナーメインでしたし、入社して何年もして開発をちゃんとやるようになってから「ビールってこんなにたくさん種類があるんだ」と知りました。ビールというと、ジョッキに入った金色の液体のイメージがあって、仕事帰りに乾杯するものだと思って会社で働いていたんですけど、それだけではなくてもっと多様な世界が広がっていると知りました。入社してから初めてイメージが変わりましたね。
瀬尾:私はクラフトビールメーカーの小さな職場だったので、何でもやりました。ブルワリーでビールづくり、配達、レストランでの接客も経験しました。そんな中、お客様と話している時に認識の違いが多いことにびっくりしました。例えば「発泡酒」と書いてあるだけで「そんな不味いお酒はいらない」みたいなことを言われたり。造っているものがまだまだよく伝わっていないんだなと思いました。吉野さんは、消費者と提供側の認識のギャップは感じましたか?
吉野:そうですね。キリンビールも小さな設備をつくり、そこでピルスナー以外のビールをつくるというトライは、 1980年代くらいからちょっとずつやっていました。けれどなかなか広がらないのは、やはりお客様も「ピルスナーこそビールだ!」という認識があるので、違うものが出てくると「たまには面白いから飲んでみよう」と思っても、また飲もうとはならない、みたいなことはずっとあって。うまく行かないというのは、会社に入ってから知っていました。私が開発の仕事をしてみても、そういう感じはやっぱりあって。それでもどうしてもエールを出したくて、それまでは第三のビールを作っていたのですが、初めてビールの開発に携わった時に「氷を入れて飲むビール」というのを造って出したんですよ。スタイルはエール系でした。たまたま夏だったので、そのようなビールを出したのですが、エールビールと言って出すと受け入れてくれないのです。「氷を入れて飲むビール」と出すと、違うものだと思ってどういう味なんだ、となる。味に素直に向き合ってくれるんですよね。意外とこれ美味しいね、となりました。実はエールビールなんですけどね(笑)。
過去、吉野さんが開発に携わった「ICE+BEER」と「GRAND KIRIN(グランドキリン)」
瀬尾:見せ方を変えたんですね。先入観を逆手に取るというか。
吉野:「違うものだ」というくらい提示しないと、なかなか受け入れられないなと感じましたね。この後つくったのが「グランドキリン」です。あれもいろいろな展開をしていて。クラフトほど尖ったものではないにしても、多様なビールの味わいに対して良い反応をいただいて、変わってきたなあと。
瀬尾:世の中も徐々に変わっていると肌で感じますか?
吉野:そうですね。やっぱりビール以外にもワインを楽しんだりとか、いろいろな味覚に対して許容幅が世の中的に広がってきているのかなというのはありますね。
瀬尾:確かにグランドキリンは、クラフトだとかビールだとかは抜きに「あの瓶の形のビールが飲みたい」みたいなところがありますよね。瓶の形も特徴があって、口の部分が普通より太いから注いだり直接飲んでもゴボゴボ言わないんですよね、コンビニで新しい飲み物というか、違う領域のものが登場したと言う気がしていて。
吉野:あれにはこだわりました!
瀬尾:消費者からしたらささやかなことかもしれないですけど、そういった小さなこだわりの積み重ねが新しい領域をつくりだすのかもしれないですね。
吉野:あれが缶ビールとして出ていたら、あれ、ちょっと違う味だな、で終わっていたかもしれません。そもそも存在そのものが違いますよという見せ方は、結構大事ですね。
中編はいよいよスプリングバレーブルワリー立ち上げ、二人の考えるクラフトビールついてトークセッションも熱くなってきます。