ビールを飲みながら聴きたい音楽を紹介してきた「ハナウタアヤノのビールノオト」。ビールと音楽のコラムを書いていて改めて感じたのは、「音楽」と「ビール」はやっぱり合うということ。そこで、「音楽にこだわりのあるビアバーの店主に、音楽とビールのこだわりを聞いてみたい!」という思いから、「ハナウタアヤノのビアバーノオト」を始めます!
第1回目は、店内で流れるメタルとこだわりのクラフトビールが、ハマる人にどハマりすると噂の「THRASH ZONE(スラッシュゾーン)」。横浜駅きた西口から徒歩約5分の場所にあるTHRASH ZONEは、2006年に店主である勝木恒一さんによって作られたビアバーで、ビールに稲妻が落ちたような手作り看板が目印です。
「メタル」と「ビール」という、一見交わりのないこのふたつが、どのようにしてTHRASH ZONEで表現されているのか。店主である勝木さんにお話を伺ってきました!前編と後編にわけてお届けする、前編です。
壁を乗り越えた人だけが飲めるビール
—本日は、取材をお受けいただきましてありがとうございます!看板、目立っていてカッコいいですね!
勝木さん(以下、勝木):ありがとうございます。看板、手作りなんですよ。
—手作り! DIY感ありますね。店内にはポスターが貼られていたり、塗りっぱなしの壁の雰囲気が、ライブハウスにいる感覚になりますね。壁に書かれているサインは、バンドの人のですか?
勝木:サインはブルワーの人か、ミュージシャンですね。有名どころのブルワーだと、バラストポイント。ストーン。コロラドビール。エイベリーですね。
ーこのサインが書かれた壁も、ライブハウスっぽいです。
勝木:日本のパンクやハードコアシーンの人は、うちの店のことをみんな知ってるんですよ。どこのライブハウスに行っても「スラッシュゾーン行ってみたいんです」って言われます。
ーこのサイン、ACDCって書いてありますが、あの…?
勝木:ACDCって、あの有名なのじゃないです(笑) これひどいバンド名ですよ、アンチクライストデーモンコアっていうバンド。日本にライブしに来た人達も、みんな寄ってくれてますね。
ー海外にも知られてるんですね! メディアに露出しているのをあまり見ないんですが、取材依頼ってよくありますか?
勝木:ないですね。やっぱりちょっとね、スラッシュゾーンって怖いって思ってるみたいで。
—そうなんですね(笑) 実は、知り合いでも怖くて行けないって人多いんです。いざ店の前まで来ても、磨りガラスで中も見えないし、怖くて入れないって。でもそこは、あまり変えようとは思わないですか?
勝木:そうですね。本当にビールが好きだったら、この程度の壁は乗り越えるでしょって(笑)
ー確かに(笑)
勝木:そんな風だから、取材もなかなか来ないですね。取材断られるだろうって思うんでしょうね、きっと。ただ、お客さんの半分以上は、初めて来ましたって人です。スーツを着た、普通のサラリーマンとかが半分くらいで、あとは常連さん。客層で言うと8割が男性ですね。
ーお客さんは、どういうきっかけで来るんですか?
勝木:なんですかね。僕ら広告は一切出してないので、SNSとか今時の情報の伝わり方だと思うんですけど。
ー私も口コミで、おいしいビールがあるって知り合いから聞きました。そんなこだわりのビールが『SPEED KILLS』ですね。
勝木:そうですね。これがうちの全部の売り上げの半分以上ですね。SPEED KILLSが売れすぎるので、他のメニューは売り切れが多いですね。
ー名前がメタルっぽくてかっこいいですね。ビールの名前は、勝木さんがつけられたんですか?
勝木:そうですね。スピードキルズって、80年代にスラッシュメタルっていうシーンがあって、僕なんかはそこを辿ってきたんですけど。そのスラッシュメタルシーンの頃に発売されたコンピレーションアルバムのタイトルが「スピードキルズ」だったんです。
ーそれを聴いて衝撃を受けたんですね。
勝木:そうですね。このビールにぴったりな名前だなと思ってつけました。その時代を知ってる人は、「スラッシュゾーンでスピードキルズを飲む」っていうと、なるほどねっと思うはずなんです。意味は、「Speed Kills You」なんですよ。要は、『スピード出しすぎ注意』ってことらしくて。道路なんかにサインとしても出てます。スピード出しすぎはあなたを殺しますよって意味なんですよ。
ーkillsって一見激しい言葉ですがそうじゃなくて、注意しなさいっていう意味なんですね。おもしろい。
勝木:名前に関しては、そんな風に遊んでつけてますよ。あんまりビールそのものの材料とか、特段名前には反映されてないです。
アンチメインストリームを行く! サブカルチャーの融合
ースケードボードの技の名前のビールもありますよね?
勝木:『FRONT SIDE GRIND』ですね。このビールもうちで作ってるんですけど、日本のスケードボードカルチャーの総本山である「FELEM SKATES」というスケートボード屋さんとのコラボで作りました。こちらからぜひ作らさせてくれって言ったんです。運動中に飲んでもそんなに酔っぱらわないように、アルコール度数は3,5度なんですよ。
ー本当だ。IPAですか?
勝木:セッションIPAですね。スケートボードって、パンクと一緒なんですよ。パンクが先かスケートボードが先かっていう感じで。
ー一緒なんですか! あんまり共通点がない感じもするんですけど。
勝木:単なる運動ではないんですよ。僕はハードコアやパンク、ヘビーメタルを混ぜ合わせたようなバンドをやっているんですけど、スケートボードもパンクもいわゆる、アンチメインストリームなんですよね。だから、オリンピックでスケートボードが公式種目になりましたけど、「なんで?」って感じなんですよ。
ーメジャーになっちゃいましたね。メタルって結構コアな音楽だと思うんですけど、元々、メタルが好きになったきっかけは、コンピアルバムの『スピードキルズ』とかを聴いてからですか?
勝木:僕、歳は今、47なんですけども。
ーえ! お若く見えますね…!
勝木:同学年の人達は、85年とか86年が高校生なんですよ。
ー日本でその頃メジャーな音楽っていったら、歌謡曲とかアイドルの時代ですよね。
勝木:おニャン子クラブの時代ですよね。その一方で、そういうメジャーどころが好きになれない高校生の男子は、メタル好きが結構いたんですよ。
ーマイナーなところがかっこいいという感じですね。でも、先ほどおっしゃっていたスケートボードやパンクなどとビールは、どう繋がりますか?
勝木:パンクもスケートボードもそうですが、僕自身が今までなんとなく、アンチメインストリームっていうものに囲まれてきたんです。いわゆる、ビールもサブカルチャーのひとつの単位だと思っているんですよね。
ーそういうことですね。私はお話を伺う前までは、ビールと音楽の親和性があるのかなと、THRASH ZONEで言えば、クラフトビールとパンクの親和性があるのかなって思っていたんですが。
勝木:このビールにはこの音楽がいいでしょうとかは、あんまり思ってないですね。僕自身、こんなお店があったらいいなという思いで、こういったデコレーションにしたって感じです。
ー勝木さんにとっての当たり前が形になって、もう10年営業されてますよね。
勝木:そうですね。自分が育ってきた自分の周りの当たり前のものを持ち込んだって感じですね。他の店で言えばボサノバでいこうとか、レゲエをかけてゆるく営業するっていうお店もあるかもしれないですけど、僕にとってはメタルとクラフトビールでした。
大阪から始まったビアバー作り
ー横浜でお店を始めたのはなぜですか?
勝木:横浜が一番長く生活してたし土地勘があったってことですかね。東京はちょっと中央過ぎると思ったので、ちょっと離れたところから始めたいって思ったのもありました。
ーお店を始める前、お仕事は何をされていたんですか?
勝木:大阪で会社員をしてました。その当時勤めていたオフィスの道を挟んだ場所に、「BEER BELLY」っていう『箕面ビール』の直営店があったんです。僕は元々ビールが好きだったので、会社終わったらビールを飲みに行くのが毎日の習慣でした。当時はビール専門店もまだあまりなくて、かつ自分達でビールを作ったり、ビア直営店を出してる店も珍しく、こんな商売あるのかって思っていましたね。当時はまさか、自分がお店を開くとは思ってもいなかったのですが。
ー開店しようと決めてから、ビールの勉強を始めたんですか?
勝木:そうですね。2012年12月15日に逝去された、箕面ビールの大下社長に、飲食店のやり方から樽を冷やすっていう基本的なところなどを全部教わりました。でも最初ここはただの飲み屋で、ビールを作る機能を持っていなかったんですよ。自分達で作り始める前までは、箕面ビールなどの国内ビールを中心に販売してました。
ーその後、アメリカのビールなどを販売し始めるんですか?
勝木:最初は国内のビールを販売していたんですけど、そのうち「アメリカにホップがすごい効いたビールがある」ってことに気がついたんですよね。それがほしいって思っていた頃に知り合ったのが「ナガノトレーディング」。ナガノトレーディングはその頃、IPAとか、今のカリフォルニアスタイルのビールの輸入にちょうど取り掛かっていて、僕らもほしいものをリクエストしたり、色んな意見交換をして、その後輸入されるようになりました。それまでホップが効いたビールってそんなになかったので、僕達は狂気しましたね。
ーそれはいつ頃ですか?
勝木:2006年にスラッシュゾーンを始めまして、ホップの効いたビールが輸入され始めたのが2008年くらい。当時は、本当にビールが好きな人が飲みに来てて、横浜のビールシーンの創世記という感じでした。当時は、「横浜にビアバーってないから開こう」と思ったら、「横浜チアーズ」っていうビアバーが半年前くらいにオープンしていたんです(笑) 当時のお客さんはふたつの店を行ったり来たりしてましたね。
偶然の出会いでアメリカ修行へ
ーアメリカのブルワリーに行ったことはありますか?
勝木:ナガノトレーディングのビールを扱うようになってから、これはアメリカに行かないとダメだと思って行きましたね。その時は、サンフランシスコとサンディエゴに行きました。
ー色々なブルワリーを周ったんですか?
勝木:そうですね。サンフランシスコだと、ナパバレーの近くにある「ラッシュアンリバー」。あとは、「ベアリパブリック」に行きました。サンディエゴはほとんど行きました。当時まだちょっと小さいブルワリーでしたが、「ストーン」「エールスミス」「グリーンフラッシュ」など。あとは、「バラスポイント」は行きましたね。
—行ってみて、日本との違いって感じましたか?
勝木:ショックを受けましたね。全然違うやり方だし、昼間からお客さんがびっちりいました。店舗の数もブルワリーの数も圧倒的に違いましたね。
ーブルワーさんから話を聞いたりしたんですか?
勝木:どんな風に作ってるのかを聞いたり、ブルワリーの中を見せてもらいました。でも、初めて行った時は専門的な知識は持ってなかったので、ちょっと見学するくらいでした。ただ、免許を取って、ブルワリー立ち上げると決めてからは、本気で行きましたね。コロラドにある「Avery(エイベリー)」っていう所では、一ヶ月くらい勉強しました。たまたまうちに来ていたお客さんが、エイベリーのヘッドブルワーの弟だったんですよ。
ーおお! すごい!
勝木:「うちの兄貴、エイベリーのヘッドブルワーなんだよね」って言われた時は冗談でしょって思ったんですけど本当だったので、なんとか勉強させてもらえるように言ってと頼みました。そういう偶然的な出会いで勉強させてもらえることになったんですが、その時はエイベリーで1ヶ月くらい、バラストポイントで2週間くらい勉強しました。
ーホームページも全部英語ですが、英語は元々話せたんですか?
勝木:最初は英語できなかったんですけど、ビール専門店ってことでお店やると、やっぱり外国人かなり多いんですよ。カリフォルニアのビールが入り始めた頃は、そういうビールは他の店ではほとんど飲めなかったので、これ飲むならうちに来るしかないっていう状況で、みんな来てました。それで、自然と英語には慣れてきましたね。ホームページも全部英語ですが、中学生レベルの簡単な英語で、あまり難しい表現はしていません。
ー確かにそうですね。
勝木:海外の人がよく来るのもありますし、なんでもワールドスタンダードのレベルにしようということで、ビール表記も英語だし、値段もなるべく国際的な値段にしようとは思っています。10年前くらいは、だいたいこの一杯で4〜5ドルでしたね。
ー安い!今では、パイント1000円超えるところいっぱいありますよね。
勝木:そうなんですよ。だから、なるべく国際標準に近づけていくというのが、うちの値段設定ですね。
—日本はなんでビールが高いんでしょうか?
勝木:日本は酒税が高いですね。例えば、世界的に5ドルだとしましょう。1リットルの酒税が220円なので、大体この一杯で酒税が100円くらいするんですよ。だから、5ドルにプラス100円。もう100円は、日本の流通コストやレンタル代。これらも高いのでプラス100円で、700円くらいで売りたいなって思って。それもひとつ、自分のブルワリー持とうと思った理由のひとつですね。
ーアメリカには今でも行きますか?
勝木:自分の知識や情報のアップデートをするために行き来するようにはなりましたが、この2年くらいやることがいっぱいあって行けていません。実は、関内の方に「スラッシュゾーンミートボール」っていう店を出したんですよ。そのお店を作るのも長引いてしまったりして。
ーミートボール! ビールに合いそう!
勝木:これがまた合うんですよ!(笑)
イラスト:ISOGAI(Twitter/@HitohisaI、instagram/@isogaihitohisa)