ある日、ビール女子編集部宛にアメリカから一通のメールが届きました。
送り主は「URBAN ARTIFACT」というブルワリーの、醸造担当者Hannahさん。メールには熱い想いとともに「私達のビールをぜひ飲んでほしい!」と綴られていました。
アメリカから直接連絡をもらえるなんて嬉しい!という想いと同時に、どうやら「フルーツサワーエール」の醸造に特化しているということで、その奇抜なアイデアに惹かれ、ビールを送ってもらうことに。
飲んでみると、しっかりした酸っぱさと、100%感じる果実の甘みの調和に驚きました。おいしい。
もっと「URBAN ARTIFACT」について知りたい!という想いが芽生え、アメリカに住む筆者が現地へ赴き、Hannahさんと、醸造責任者のBretさんに直接話を聞いてきました。
もくじ
・目印は赤い屋根の教会・そもそもサワーエールとは?
・なぜフルーツサワーエール?
・好奇心を大切に、つくりたいのは美味しいビールとコミュニティ
・教会に音楽レーベルやラジオ局も設立
・ブルワーおすすめ3種のビールを飲んでみた
・ビールを通して繋がる人の輪
目印は赤い屋根の教会
ケンタッキー州、シンシナティ・ノーザンケンタッキー空港から車で約20分、公共交通機関を利用して約1時間。ハイウェイをおり、閑静な住宅街を通り抜けると、そこにはひときわ存在感を放つ赤い屋根の教会が鎮座しています。
この教会こそ、今回の目的地である「URBAN ARTIFACT」。2015年4月にオープンし、創業当初から「フルーツサワーエール」の醸造に特化してきたブルワリーです。1872年頃から教会として利用されてきた歴史ある建造物ですが、内部を改装し、醸造所として生まれ変わりました。
URBAN ARTIFACTとは、「URBAN=都市」と「ARTIFACT=人がつくった遺物」を組み合わせてつくられた造語。
URBANは都市のように人々がたくさん集まる場所にしたいという想いを。ARTIFACTは昔から脈々と受け継がれている人々がつくった遺物を大切にすること、例えば、教会をリノベーションしたり、商品名を全て昔使われていたものに統一するという彼らの姿勢を表しています。
ロゴマークは、教会のステンドグラスをイメージしてつくられ、教会へのリスペクトが込められています。
かつて地域の人々が集う場所であった教会を、当時と同じようにまた地域の人々に愛され、みんなが集まる場所として再構築したい、そんな想いが彼らの原点にあります。美味しいビールをつくることはもちろんですが、地域に根ざすことや、人との人とのつながりを大切にしているのです。
そもそもサワーエールとは?
「サワー」とは日本語で「酸っぱい」という意味。この酸っぱさが特徴的なビールが「サワーエール」というスタイルです。一般的なビール酵母以外の「乳酸菌」や「野生酵母」を使用することで、酸っぱさを生み出しています。日本では珍しいと感じる方も多いかもしれませんが、実はビールが飲まれ出した頃から存在している長い歴史を持つスタイルです。主にベルギーやドイツではずっと親しまれてきています。
日本ではまだ見かけることの少ないスタイルですが、クラフトビール大国のアメリカでは、ここ数年サワーエールの人気が高まり、一般のスーパーなどでも目にするようになっています。
サワーエール とは
サワーエールは、主に乳酸菌などのアルコール発酵により酸をつくる菌を用いて併用して造られる酸っぱいビール。フルーツを同時に用いて発酵・熟成するものや、フルーツフレーバーのシロップを入れて飲むものもある。野生酵母を使うもの(ベルギー/ランビック等)がこのスタイルに含まれることも大きな特徴の一つ。フルーツ本来の甘さと、菌や野生酵母由来の酸っぱさが混ざり合うことで、いわゆるピルスナーやラガーなど、日本で飲み親しまれているビールとは一味違う味わいを楽しむことができます。
なぜフルーツサワーエール?
ビールづくりをするということは決めていたものの、どのスタイルのビールをつくるかについてはとことん悩み抜いたそう。URBAN ARTIFACT創業時の2015年頃のアメリカのクラフトブルワリーの軒数は5,000軒ほど(現在は8,700軒)にものぼり、どのブルワリーもIPAやペールエール、スタウトなどを幅広くつくっていました。
彼らも他のブルワリーと同じように、さまざまなスタイルのビールをつくり、美味しさを極めることで市場で生き残ることも出来たはず。
でもそれよりも、「自分たちはなぜビールをつくりたいのか?」「自分たちは何をつくりたいのか?」「自分たちは何が好きか?」「これから先どんなビールが人気になると思うか?」などを徹底的に問い続け、ついにまだどこの会社も専業では取り組んでいなかった少しニッチな「フルーツサワーエール」の世界を極めることにしました。
醸造するフルーツサワーエールのこだわりは、フレーバーや着色料は使わず、100%フルーツを使って味や色の表現をしていること。また、使用するフルーツはラズベリーからドリアンまでと幅広く、創業から現在まで約250種類ものビールをつくってきました。
創業当初は、「URBAN ARTIFACTのビールは酸っぱすぎる」という声もあったそう。そこで早速原材料やつくり方を見直すことに。
何度も試行錯誤を重ねた結果、今では「一番酸っぱくないビールを」と言う人よりも、「一番酸っぱいビールを」と言う人の方が多いくらいに熱烈なファンが増えてきているようです。
醸造担当のHannahさんは、
「ビールは芸術作品だ」
と話します。
そして創業当時から今も変わらず、「サワービールといえば、フルーツビールといえば、URBAN ARTIFACT」と想起してもらうことを目指し、おいしいビールづくりと新しい味への挑戦を続けています。
好奇心を大切に、つくりたいのは美味しいビールとコミュニティ
URBAN ARTIFACTで大切にしているのは、5つの価値観。「好奇心」「誠実さ」「真実性」「透明性」「コミュニティ」です。
全てを大切にした上で最も重要なのは「好奇心」。新しい味を常に探求しつづける好奇心、自分が今取り組んでいることに対する好奇心。誰かに言われたからやるのではなく、なぜそれをやるのか、常に問い続け学び続ける姿勢は、創業当初から変わらずURBAN ARTIFACTの核となっています。
ビール醸造は1人でなし得るものではなく、さまざまなレシピや人の知恵が組み合わさり、試行錯誤を重ねた結果つくられるもの。発酵管理や品質管理など、たくさんの神経を使い、注意を払い続けることも欠かせません。
まさにたくさんの人の血と涙と汗の結晶。でもHannahさんたちはそれを辛いものと捉えず、より美味しいビールを作り出すための過程をみんなで一緒に楽しみながら日々醸造に取り組んでいます。
さらに、大切にしていることのひとつである「コミュニティ」。URBAN ARTIFACTの目的は、もちろん美味しいビールをつくってお客様に提供すること。しかし彼らがつくりたいのはビールだけではなく、ビールをきっかけとして生まれる人と人とのつながり。そのため、社名は、〇〇ブルワリーや〇〇ブルーイングではなく、「URBAN ARTIFACT」と表しています。
また、URBAN ARTIFACTがどんな人々にとっても、第2の自分の家のような心安らげる場所でありたいと願っています。
温かみがあり心地良い雰囲気のタップルームでは、お客様とのコミュニケーションを大切にしていて、「どんなフルーツが好きか?」は必ず聞くようにしているそう。
従業員に対しても同じで、報酬面や福利厚生などの待遇面の充実や、商品名を決める会議には全社員が参加するなど、自分の居場所と思ってもらえるような取り組みをしています。
アメリカでもまだまだ女性醸造家はマイノリティですが、「女性だから」というバイアスをかけることなく、Hannahさんを1人の醸造家として受け入れ、現在もHannahさんはチームの中心で活躍しています。
お客様にも従業員にも温かく居心地の良い場所をつくり続けるURBAN ARTIFACT。人々が自然と集まりたくなるコミュニティがそこにはあります。
教会に音楽レーベルやラジオ局も設立
さらに興味深いのがビールの醸造だけでなく、音楽レーベルやラジオ局としての顔も持っていること。
創業の際、自分たちは「何ができるのか」「何が好きなのか」を深掘りしていく中で“サワーエールをつくる”こと。そして、“音楽が好きな共同創業者の思いも反映させよう”と、お酒と音楽の両方が共存する会社をつくったのだそう。
タップルームと同じ建物内に、ライブステージやイベントスペースも併設されているので、ライブやイベントがある日はビール片手に楽しむことだって出来ちゃいます。
教会というひとつの場所で交差するさまざまなコミュニティ。新しいものが生み出されるすてきな空間は、ラジオで地元のアーティストの音楽を流したり、地域の人たちの創作活動を応援する場所でもあるのです。
ブルワーおすすめ3種のビールを飲んでみた
さまざまなフルーツをテーマに今までに250種類以上もの商品を販売されてきましたが、今回おすすめの3種類のビールを飲み比べてみました。早速ご紹介していきます!1. 『GYROSCOPE』
「Midwest Fruit Tart」というスタイルのビール。アルコール度数は7%〜10%程度。フルーツ本来の甘さを生かしつつも、乳酸の酸味とのバランスを保つことで甘すぎないスッキリとした飲みごこちを提供しています。
1度の仕込みで1,200kgものラズベリーを使用しています。GYROSCOPE(ジャイロスコープ)とは1800年代に欧州で発明された方向や速度を測定して維持する装置。ラベルにはそれをイメージした絵と「ジャイロスコープで飲むペースを維持して!」とのメッセージが描かれています。
香りはラズベリーそのもの。飲んでみると口いっぱいにラズベリーの甘さを感じますが、飲んだ後の口の中はスッキリ。そのおかげで、ごくごく飲めてしまいます!色も綺麗な紫色で見ているだけでもうっとりしそう。お肉料理と合わせてみたい一本です。
2. 『CENTERPIECE』
こちらも「Midwest Fruit Tart」というスタイルのビール。1度の仕込みで約680kgのパイナップルとイチゴをそれぞれ使用しています。
CENTERPIECE(センターピース)とは、例えばお花やフルーツ、オブジェなど食卓の中心に飾る装飾です。ラベルには同じくセンターピースをイメージした絵と「センターピースをテーブルに置いて!」とのメッセージが描かれています。
香りはちょっと酸っぱめのパイナップル。味わってみると少しパイナップルの酸っぱさを感じますが、ツンとした感じではなくほのかな甘さが残ります。魚介類のアヒージョなどと合いそう。
3. 『KEYPUNCH』
これは「ゴーゼ」というスタイルのビール。アルコール度数は4%〜6%程度。大量の塩とコリアンダーでフレーバーをつけます。1度の仕込みで72kgのキーライム、5kgの塩、450gのコリアンダーを使用しています。
KEYPUNCH(キーパンチ)は、キーライムとパンチカードを合わせてつくられた言葉で、パンチカードは出退勤の記録をつけるために打刻するカードです。ラベルにはパンチカードをスワイプする女性の絵と同じくセンターピースをイメージした絵と「キーパンチをあなたの1日にプログラムして」とのメッセージが描かれています。
香りはパッションフルーツのような鼻に広がる甘さが印象的でした。味は3種のなかで最も酸味を感じました。汗を流した運動の後や、唐揚げ・お好み焼きなど味の濃い日本食とも合いそうです。
ビールを通して繋がる人の輪
BretさんもHannahさんもビールの味自体が好きなのはもちろんですが、ビールは「Social lubricant=社会の潤滑油」だと語ってくださいました。
ビールを媒体とすることで、よりリラックスした気分になり、人とのコミュニケーションがより良いものになったという経験は皆様にもあるのではないでしょうか。
今回私も言語の壁があったものの、「ビールが好き」という共通点があったことと、お二人の優しいお人柄のおかげで、円滑にコミュニケーションを取ることができました。
Hannahさんは、実は大の日本アニメのファン。今回、「日本 × 女性 × ビール」でインターネット検索された結果「ビール女子」を発見したそう。「ビール」があったおかげで海を超えたつながりが生まれたと思うとなんだか感慨深いですね。
最後にお二人からビール女子読者のに皆様へのメッセージをお届けします!
Bretさん
「ビール女子」でURBAN ARTIFACTについて取り扱ってもらえることを心から感謝しています!男性よりも女性の方が確かな味覚を持っていると確信しているので、ぜひ私たちのビールを飲んでいただき、味の感想を教えていただきたいです!
Hannahさん
「ビール女子」に掲載されることがとっても嬉しいです。もっと多くの女性がビールを楽しめる世の中になってほしいと思っているので、私たちのビールに興味を持ってもらえると嬉しいです。私は日本のアニメが大好きなので、パンデミックが終わったら東京に行って、ビール女子の皆さんと大きなパーティーを開催して乾杯したいです!
ビールの味わいはもちろんのこと、それ以外にもたくさんの魅力を持つURBAN ARTIFACT。
現在日本ではURBAN ARTIFACTのビールを購入することはできませんが、今後日本にも展開していきたいとのこと。その時が来るのが本当に楽しみです!
URBAN ARTIFACT
〇住所:1660 Blue Rock St, Cincinnati, OH 45223〇営業時間:16:00〜23:00(水・木)、16:00〜24:00(金)、12:00〜24:00(土)、12:00〜18:00(日)
〇定休日:月・火
〇URL:https://www.artifactbeer.com/