2022年の夏、友人からDMが届いた。
「ビール醸造所をつくることになったから、ビールができたら飲んでねー!」
元々、ビールともブルワーともまったく違う職業だった昔からの友人からのDM。心底驚いたのと同時に、「あの子がビールを…!めちゃくちゃおもしろそう」と思ったのを覚えている。
それから月日が経った2023年の6月。ついにその醸造所、「Teenage Brewing(ティーンエイジブルーイング)」が埼玉県ときがわ町にオープンしました。
小旅行気分で行ってみた
新宿駅から電車を乗り継ぎ揺られること1時間40分ほど。車窓から見える景色はビル街から広大な田園風景に変わり、見渡す限りの青空と白い雲という景色が広がっている。
JR八高線の明覚(みょうかく)駅から田んぼ沿いの道を進み、線路沿いを歩いていると、手に何か硬いものが触れた。
自分の服に目をやると、きらきらとした緑色を中心に七色に光る、硬い殻を背負った虫がとまっていた。
私が住む地域では見かけない虫。空気も水もきれいなこの土地でのびのびと飛びまわっていたら、たまたま通りかかった私の服にとまったのだろう。道路沿いのガードレールに降ろしてあげながら、「ただ歩いているだけで見たこともない虫に出会う場所なんだ」と、ここまでの小旅行並みの道のりを振り返る。
暦の上では夏。初夏の夏の陽差しは容赦なく私を照らし、じんわりと汗をかきながら進む。「地図上ではもうすぐなんだけど」と思いながら歩いて行くと、大きな建物と「bekkan」という看板が目の前に現れた。
「Teenage Brewing / Taproom "bekkan"」は、株式会社キルクの代表取締役を務める森大地さんが立ち上げたブルワリー&タップルーム。音楽家でありながら、ライブハウス「NEPO」「ヒソミネ」や音楽レーベル「kilk records」を運営しています。
13歳の時にギターを買って音楽に触れてから現在まで、音楽にひたすら情熱を注ぎ続けてきた音楽家の森さん。Aureole(オーリオール)というバンドでシンガーソングライターを担当し、CM音楽やダンスミュージックのトラック制作なども多数手掛けています。
コロナ禍に入った頃、人生を見つめ直す機会があったそう。これまでの人生はレースのようだったけれど、もっと何か違う価値観を追求したい。「自分が本当に作りたいものを作ろう」と考えた結果、ビール醸造家というビジョンが頭に浮かんだそうです。
「凄いアルバムを聴いたときの感動と凄いビールを飲んだときの感動は一緒なのではないか。それに、音楽で培ってきた感性ビールづくりの大きな武器になる」と確信した森さんは「音楽はビールだ。」という気づきを経て、ビールづくりプロジェクトを始動。2023年4月、埼玉県ときがわ町に醸造所を立ち上げました。
▽森さんが考える音楽とビールの共通点はこちら(応援購入サイトMakuakeより)
凄いアルバムを聴いた時の感動
凄いビールを飲んだ時の感動
凄いビールを飲んだ時の感動
ジャケットデザインに惹かれて購入し良い音楽だった時の嬉しい感情
ラベルデザインに惹かれて購入し美味しかった時の嬉しい感情
ラベルデザインに惹かれて購入し美味しかった時の嬉しい感情
ジャンルの違い、優劣ではなくその日の気分で決める
スタイルの違い、優劣ではなくその日の気分で決める
スタイルの違い、優劣ではなくその日の気分で決める
衝撃的な音楽は誰かに共有したくなる
衝撃的なビールは誰かに共有したくなる
衝撃的なビールは誰かに共有したくなる
音の組み合わせが新しい(こんな手があったなんて!)
素材の組み合わせが楽しい(こんな手があったなんて!)
素材の組み合わせが楽しい(こんな手があったなんて!)
レコードやCDをコレクションして手元に残す
缶やラベルをコレクションして手元に残す
缶やラベルをコレクションして手元に残す
ライブを観たら記憶だけが残る
飲み終わったら記憶だけが残る
飲み終わったら記憶だけが残る
一年前はピンと来なかったのに今聞くと凄く感じる!(感覚か育つ!)
一年前はピンと来なかったのに今飲むと凄く感じる!(感覚が育つ!)
一年前はピンと来なかったのに今飲むと凄く感じる!(感覚が育つ!)
そんな森さんが手がける醸造所兼タップルームは、およそ100坪の2階建てで、元々は材木屋の倉庫だったという広大な場所を改装して作られました。
この場所を選んだ理由は、森さんが生まれ育ち、本社もある埼玉県内の緑豊かな土地で物件を探していたこと。また、「水がおいしそうな土地」「駅から歩いて15分以内」などの条件も加味しつつ、コラボ音楽イベントなどで以前から親交のあった株式会社温泉道場が運営する「ときたまひみつきち COMORIVER(コモリバ)」があったことや、新しい取り組みをしてい人たちが集まっていたことも決め手だったそうです。
入り口をくぐると、鮮やかな壁紙とそびえ立つ木が目に飛び込んできます。店内は倉庫だったというだけあり天井も高く、広々とした空間です。
入り口を入って左側には、ガラス越しに見える醸造所のタンクが。タイミングが合えば、ビール醸造の瞬間を見ることができるかもしれない胸熱な光景。
タンクにはTeenage BrewingのロゴでありTeenageの「T」が描かれていますが、じつは缶からビールを注いだ状態を真横から見た状態をロゴにしたそう。缶からビールが滴る、ビール好きにとって最高の瞬間をロゴにするとはなんとも粋!
これまでの経歴が地続きで繋がるビール
壁面にはその日提供しているビールのラインナップが掲載されています。この日は、Teenage Brewingがつくったビールと、修行先であるBEER BRAIN BREWERYやKOBO BREWERYとのコラボビール、ゲストビールが提供されていました。
修行先と書いたBEER BRAIN BREWERYですが、なんと森さん直々に電話で交渉し、研修の承諾を得たそう。
森さんはビールづくりを決心してからは本を読み漁り、講習会への参加やビール検定を受けたりなど自分でできることは行ったものの、現場での研修は必須と考えていたそう。そこで、その頃一番おいしいと感じていたビールをつくるブルワリーのひとつに電話をかけた、というのがBEER BRAIN BREWERYでした。
BEER BRAINは基本的にそういった話はすべて断っていたそうですが、森さんの熱い想いを受け、研修を受け入れてくれたそうです。
Teenage Brewingのブルワーは、醸造長の及川季節さん(右)と森さん(中央)、Vit Kalousek(通称Vitek)さん(左)の3人。
及川さんは前述した筆者の友人。筆者との出会いは音楽ライター講座で、一アーティストを観るためだけに海を超えた音楽フェスに行ってしまうほどの音楽好き。出会った当初はケーキ職人で、人柄を表すような繊細で優しい味わいのケーキを作り、トッピングやデコレーションで音楽の世界観を表現していたことはよく覚えています。カフェダイニング「bekkan」店長の後、醸造家へと転身する経歴の持ち主。
Vitekさんはピルスナーが生まれたチェコ出身。元々、森さんが出演するライブの対バン相手を観に日本にやってきていましたが、森さんのファンになり、打ち上げなどにも参加しながら親交を深めていったそう。東京大学研究所で光触媒の研究をする化学者でしたが、ブルワーになる道を選んだのだとか。
経歴も三者三様の3人がつくるのは、“音楽、化学、料理の力を結集させた独創的で最高のビール!”
音楽とビールの共通点、醸造に欠かせないアカデミックさ、レシピ構築の想像力を発揮する料理。これまでのばらばらだった3人の経歴が地続きで繋がり、Teenageのビールづくりに反映されています。
そんな3人によって完成したTeenage Brewingのビール2種を飲ませていただきました。
『Teenager』
Teenageの記念すべき初醸造のビール。“ティーンエイジ”を思わせる爆発的な初期衝動を詰め込んだ濃厚なDDH IPA(※)。甘くてほろ苦い、十代のあの頃の記憶を思い起こさせるような味わい。ホップはMosaic、Mosaic Cryo、Galaxy、Columbus。桃やオレンジ、マンゴー、グレープフルーツを思わせるトロピカルなアロマが特徴です。ペアリングミュージックは、Teenage Fanclub「Bandwagonesque」。
※DDH=ダブルドライホップ
飲んでみると、甘くトロピカルな香りに、濃厚でジューシーな口当たり。青々しい草のような香りがTeenager(十代)の頃を思い起こさせます。しっかりと苦みは感じつつも甘さが包み込み、じんわりと苦みの余韻が残ります。やり残した思い出や甘酸っぱい思い出などが蘇ってきます。
『My Brother Woody(Cypress)』
ヒノキの香りと酸味が程よく効いたボタニカルサワーエール。木の町であるときがわで生まれたヒノキを使っています。酵母由来の酸味の中に、しっかりとヒノキが感じられるよう、仕上げのドライヒノキでさらに香り付けしてるそう。ソフトロックバンド「Free Design」の曲名から借りた“My Brother Woody”という名前は、美しいときがわ町の木々が感じられるこのビールにぴったり。使用しているホップはChinook、Northern Brewer。ペアリングミュージックは、The Free Design「My Brother Woody」。
飲んでみると、すっと澄んだヒノキの香りが爽快。一口飲むと鼻で香った香り以上のヒノキ香が口いっぱいに広がります。酸味は程よく、ヒノキの森の中にいるような味わいです。木のえぐみのようなものはまったくなく、「サワーエールの酸味と爽やかさって、ヒノキとこんなにマッチするの…?」と感動をも覚えました。
「Teenageでは、この2種類のようなビールを得意とするブルワリーにしていきたい」と森さん。
「好きな人は好きだけど、嫌いな人は嫌いかもしれません。でも、それでもいいのかなと思っているんです」
その話を聞いているとき、つい音楽もそうだと感じずにはいられませんでした。
大衆が好きな音楽もあって良いけれど、一部の人の耳と心を熱くさせる音楽もある。Teenageのビールは後者で、好きになった人の舌と脳裏に深くその味や香りを刻む。
筆者にとって、この日初めて飲んだときがわ町のヒノキを口いっぱいに感じられた「My Brother Woody(Cypress)」がまさにそれ。鼻で香り、口で味わったときの衝撃は、この先もずっと脳裏に焼き付いているのだろうなと思います。
完成したばかりの醸造所内も案内していただきました。壁面に沿って設置されたピカピカの醸造タンクや発酵タンク。醸造に使う水も、緑豊かな山に囲まれ、清流「都幾川」が流れるときがわ町の水を使ってつくっているそう。
そして、ほとんどの醸造所で見ることのない巨大スピーカーが醸造所内に設置されていました。さすが音楽家のビール醸造所!
好きな音楽を流しながらの醸造はブルワーのテンションも上がりそうですが、ビールにもおもしろい影響があるのか気になります。
ビールの顔とも言えるラベルのコラージュ制作をしているのが、アーティストmomo氏。ビールの味わいがある程度完成してから依頼するのではなく、つくりたいビールのイメージを伝え、デザインが完成した後に、そのデザインに味わいを擦り合わせていくこともあるそう。
これまで、「CDのジャケ買いのようにビールもラベルで選ぶ」というのもビールの選び方のひとつとしておすすめしていましたが、これほどまでに「ビールをジャケ買いして」と言いたくなるビールがあったでしょうか。
物々交換で成り立つ暮らしの循環
じつはTeenage Brewingは、物々交換によって成り立っていることも多くあるそう。
たとえばこの日提供された生野菜のディップ。ビールの醸造段階で出る麦芽粕を畑の肥料となるため提供し、代わりに野菜をいただくという物々交換。麦芽粕の処理は困っている醸造所も多いそうですが、Teenageでは今の所廃棄したことはないそう。
実際、にんじんをかじって「My Brother Woody」を飲んでみたところ、“自然”というペアリングによって口の中が大自然で満たされました。
タップルームで提供しているメニューは他にも、「『こぶたのしっぽ』さんのソーセージ盛り」や「ときがわブルワリーさんの柚子ソーダ」など、ときがわ町のものを使ったフードやドリンクも提供しています。
また、お米農家からもらったという籾殻は、とろとろで濃厚なビールを多くつくるTeenageにとって欠かせないものだそう。籾殻は管が詰まりやすくなってしまうところに、ろ過代わり使うそうで、農家にはビールを渡す物々交換をしているそうです。
対価がお金ではない物々交換はまるで、昔懐かしい日本の原風景のよう。ときがわ町でビールをつくるからこそ生まれた人との繋がりと暮らしの循環を感じました。
ときがわの風が抜けるくつろぎの空間で
フルオープンの窓から吹き込む風に、窓から差し込む光と影が織りなすなんとも心地よい店内。
家具は、埼玉の宮原駅近くにあった移転前の「bekkan」にあったものも一部持ってきたそう。店内奥にはつい長居してしまいたくなるようなソファ席も。
プレオープンパーティーだったこの日は続々とお客さんが来店し、思い思いの椅子でビールやその空間、会話を楽しんでいたのが印象的でした。
テラスにも席が完備。晴れた日はときがわ町の風を体いっぱいに感じながらビールを飲んだら最高。
2階にも1階とまるまる同じ広さのスペースがあるそうで、いずれはそこも飲食スペースにするか、ライブができる場所にしたいと考えているそうです。
開け放たれた大きな窓を通り抜ける風。何人も迎え入れてくれるようで、ときがわの空気を体いっぱいに感じられる居心地の良い空間。
私は、時間によっては1時間に1本しか来ない電車に合わせ、帰る時間を伺う。
閉店の時間が迫っていたけれど、森さんや及川さん、Vitekさんやこの場所で初めてお会いする方と話しこんでいるうちに、この時間に乗ろうと予定していた電車を2本も見送っていた。
「単なる飲食店で田舎まで行こうかってあまりならないと思うんですが、丸1日潰してでもわざわざこの場所に来る意味があるようなそんな場所にしたい。どうせ来るんだったら、フジロックに行くような感覚で(笑)ブルワリーも併設したらその理由にもなるかなと思ったんです」と話す森さん。
なるほど…私はその術中にまんまとハマっていたようだ。
ここには人を惹きつけ、癒し、くつろがせる何かがある。“この場所でしか”味わえないビールも。
Teenage Brewing / Taproom "bekkan"
〇住所:〒355-0355 埼玉県比企郡ときがわ町馬場435 ー1
〇最寄駅:JR八高線 明覚駅から徒歩約12分
〇TEL:0493-81-5308
〇営業時間:
[水・木]11:00~15:00
[金〜日]11:00〜20:00
〇定休日:月・火
〇座席数:店内50席(スタンディング含む)、テラス席あり
〇支払い方法:現金、クレジットカード
〇喫煙・禁煙:完全禁煙
〇お子様連れ:子供可、ベビーカー入店可
〇公式ホームページ:https://teenage.jp/
〇Instagram:https://www.instagram.com/teenage_brewing/