盛り上がり続ける静岡のクラフトビールシーン。
東京、神奈川、北海道に次ぐ醸造所の数を誇り、メディアで「クラフトビール王国」とも呼ばれ始めたこの県に、昨年、ちょっと変わった酒屋さんが生まれました。
お店の名前は『すごせる酒屋 MUGI』(以下、MUGI)。
昨年11月の開店前からSNSで追いかけていたお店に、先日伺っていろんなお話を聞いてみたら、静岡のクラフトビールの未来が楽しみになりました。
今日は、そんなMUGIの魅力をお伝えします。
浅間神社へ続く商店街に生まれた「すごせる酒屋」
MUGIがお店を構えるのは静岡県静岡市、宮ヶ崎町。静岡駅から車で8分・歩いて20分の浅間通り商店街にあります。
お茶屋さんや書店、陶器屋さんや飲食店を横目に、浅間神社に向かって商店街を歩いていると見えてくる、青い暖簾が目印です。
老舗のお店も多い商店街に調和しながらも、しっかりした存在感を放つ暖簾をくぐれば、古民家らしい木の温もりとコンクリート調の壁・床面が調和した空間。そして県内随一の取り扱い数を誇るビールたちが出迎えてくれます。
3つの冷蔵ケースに並ぶのは、県内11のブルワリーのビールが80種類、県外・海外のビールもあわせると250種類にもなります。ビールのほかにも、シードル(りんごの発酵酒)やミード(はちみつの発酵酒)なども取り扱っています。
“すごせる酒屋”の名の通り、買ったビールは店内で飲むことができます。お友達や、店内で一緒になった方とのボトルシェア(1本・1缶のビールを複数人でシェアすること)もOK。
常時4つのタップに樽生ビールがつながっていて、テイスティングサイズ(50ml)であれば、なんと1杯200円で試飲できます。この手軽な価格帯でビールを味わえるお店は静岡でもここだけ。
タップにつながっているビールは、どれも瓶や缶でも販売しているので、気に入ったものは買って帰ることができるのもうれしいです。
はじまりは、バナナが使われていないバナナ味のビールから
MUGIを営むのは、『ZOO株式会社』の代表・伏見 陽介(ふしみ ようすけ)さん。弱冠27歳ながら、酒屋を切り盛りする傍ら...
・県内クラフトビール情報をまとめたフリーペーパー「静岡クラフトビアマップ」の企画・制作
・昨年設立された『静岡クラフトビール協同組合』の事務局
・新規醸造所の設備導入のサポート
・県内外のビールイベントの企画・運営
など、静岡のクラフトビールシーンを盛り上げるために縦横無尽に活動されています。・昨年設立された『静岡クラフトビール協同組合』の事務局
・新規醸造所の設備導入のサポート
・県内外のビールイベントの企画・運営
生まれも育ちも静岡市という伏見さんのクラフトビール人生のはじまったのは、20歳になったばかりのころ。ご両親に連れていってもらった近所のビアバーで、同じく近所に醸造所を構えていた『AOI Brewing(アオイブリューイング)』の「ヴァイツェン」を飲んだのが、クラフトビールとの出会いでした。
「ビールなのに、バナナの香りがする...!」
びっくりしてお店の方に聞いてみると「バナナは使っていないけど、発酵するときにバナナの香りが出るんだよ」と。大学で生物系を専攻していたこともあり、菌のはたらきによって果物の香りが醸し出されることに感動しました。
その後、好きだったバイクで東日本を巡ったときに、ビールを入り口に旅先で出会った人たちと意気投合した経験から、コミュニケーションツールとしての「クラフトビール」の面白さも知り、興味関心がどんどん強くなっていったのだそう。
大学3年生からは、ビアバーでアルバイトを始め、講義の合間に醸造所の仕込みの見学やお手伝いにも通うように。ビール好きを募ってビールサークルも立ち上げ、このころから「いつか自分でビールの仕事をしたい」という目標を持ち始めたんだそう。
大学を卒業し一般企業に入社してからも、「ビアジャッジ(ビールを客観的に審査する知識と能力を認める資格)」を取ったり(当時最年少!)、「静岡クラフトビアマップ」を刊行したり、「静岡地ビールまつり」の企画・運営をしたりと、常に「静岡」と「クラフトビール」に関わり続けました。
そして2020年の春、コロナで飲食店が大きなダメージを受ける中、少しでも県内外のビアバーの助けになりたいと、「オンラインタップルーム」というチャリティ企画を実施。
この企画を進める中で、「飲食店」に加えてクラフトビールを販売する「小売店」が増えることの意義を実感し「ならば自分で!」と2021年3月に会社を退職。翌4月にZOO株式会社を、11月にMUGIを開業しました。
新約聖書と、小さなお客さんたち
MUGIに来店した際にぜひ飲んでいただきたいのが、タップビールとボトル両方で楽しめる、MUGIのオリジナルビール『一粒の麦』です。
伏見さんが育てたホップも使用したこのビールは、ビアスタイルでいうと「オーディナリー・ビター」。イギリスのパブで広く愛されているスタイルです。
麦のまろやかな甘味にすっきりとした後味。苦味・炭酸・アルコールが抑えめで、スイスイ飲むのもゆっくり飲むのもどちらにもぴったりのビールでした。とってもおいしかったです。
「一粒の麦」という名前、実は店名の「MUGI」の由来にもなった言葉で、新約聖書がその出典なんだそう。
「麦は麦のままでなく、地に落ちて芽を出し実を結ぶことで初めて役割を果たす」という言葉からとった店名とビール名には、「現状維持ではなく、変化しチャレンジを続け、商店街を盛り上げたい」「アップデートを繰り返すことで、地域の課題を解決していきたい」という伏見さんの決意が込められています。
そして、「商店街を日常的に使う人を増やしたい」という想いはMUGIの店内にも見て取れます。
店内へのフードの持ち込みOK。酒屋でありながら店内にはたくさんの駄菓子やジュースも置いています。
小さいころに浅間通り商店街で遊んでいたころ、子供ひとりで入ることができるのが文房具屋さんと駄菓子屋さんだけだった、という伏見さんご自身の経験から、子どもたちが1人でも(もちろん親御さんと一緒でも)気軽に立ち寄れる場所にしたいんだそう。
そんな話を伺っているあいだにも、2人の小学生がお店へ。
1人は、習い事に行く途中にいくつかキャンディーを買いに。「帰りも寄るから!」と元気にお店を出る小さい背中には、常連さんだけがまとうことのできる粋な空気感が漂っていました。
もう1人は、学校帰りなのか、ランドセルを背負い、恥ずかしそうに無言のまま右手を開いて、1枚の紙切れを伏見さんへ。「当たり出たのね!」という伏見さんから追加の駄菓子を受け取ったその子は無言のままお店をあとにしました。
「学校にいる間も、帰りにMUGIに寄るのが楽しみだったのかな」
そんなほっこりする想像をかきたてられる、素敵な場面に遭遇できました。
生まれ育った商店街と静岡に、おいしいビールと未来を
「これからやりたいことは?」と伏見さんに質問すると、五月雨のように答えが返ってきました。
ビールはもちろん、いろんなお酒に触れられることを少しでも日常にできるように、定期的にテイスティング会を開く予定。
クラフトビールを知らない人にも身近に感じていただけるように、お店の隣の空きスペースで地元のいろんなお店とコラボイベントをしたい。
飲食店への卸をスタートし、静岡市内のお酒にこだわる飲食店には、常時県内のビールが置いてあるようにしたい。
まだ手がつけられていないお店の2階を整えて開放したい…
会社としても、ホップを使った商品開発、県内を巡るビールツアーの造成、(サワービールのみの)醸造所や飲食店の立ち上げなど、やりたいことは盛りだくさんとのこと。
まだまだ走り始めたばかりのMUGI。
ビールと静岡への愛と情熱を胸にひた走る伏見さんが見据える、商店街と静岡の未来を垣間見ることができました。そして、その未来を一緒に見てみたいと心から思った、そんな取材でした。
また、遊びに来ます!
『すごせる酒屋 MUGI』
◯住所:静岡市葵区宮ヶ崎町21◯営業時間:13:00〜22:00
◯定休日:火曜日
◯Instagram:https://www.instagram.com/mugi_shizuoka/
〇Twitter:https://twitter.com/mugi_shizuoka