Column ビールとともに味わいたい春の90年代プレイリストと、“あるビール好き”のものがたり

2023/03/20

「ついこの前お正月じゃなかったっけ?」

ふと日々を思い返し口に出てしまうほどには、月日が過ぎるのは早いと感じる今日この頃です。

3月は別れの季節。昔話に花が咲き、過去を思い返すことも増えるのではないでしょうか。

そこで、ビール片手に聴きたい懐かしさを感じられる90年代の春の曲を集めてみました。

花々が咲く春を、ビールとともに過ごす人に贈ります。あるビール好きの、春をテーマにしたものがたりも置いておきます。





“あるビール好き”のものがたり「この季節になれば前に進める気がする。」


「もう3月か」


入社から1年。右も左もわからないまま仕事をこなしてきた日々だった。


同僚にも恵まれ、厳しくも優しい先輩と上司とがむしゃらに仕事に向き合ってきた。


友達の紹介で彼氏ができた、こともあった(1ヶ月で別れた)。


仕事に恋に家事に、自分がそのときできることを精一杯やってきたつもりだったけど、なぜか生活に彩がない気がするのはなぜだろう。


大学のよく遊ぶグループの友達は“好き”を仕事にした人が多くて、月1のビール飲み会で集まるときに、“好き”特有のきらっきらとした表情や苦労話を聞いているからかもしれない。


それらが蓄積しているのからなのか。友達にも「みんなに比べたら全然!つまんない仕事だよー」と言って、はぐらかしていた。


たしかに、やりたい仕事で選んで面接を受けたわけではなかった。


友達と比べてしまう劣等感。


そんなモヤリとした気持ちのまま冬になって、自然と本当の気持ちもぎゅっと押し殺していた。





正月が明けたらあっという間に月日は経って、もう3月。


あたりには生き物の熱や気配を感じるし、末端冷え性の私の手先足先にも血が通いはじめている。


生き物たちが動き始めているし、体も自然の摂理と比例して動けといっているのに私の本体は…?



仕事からの帰り道、そんなことを考え、花粉症の鼻をすすりながらコンビニに立ち寄ると、春の装いのビールが。昨日まではなかったのに。


思わず手に取っていた。


次の日の休日、川沿いの桜が咲く場所までビールを連れてさんぽした。




「え、桜ってこんなに濃いピンクだったっけ」


最近咲きはじめたのは知っていたけれど、いつも帰り道の暗い時間に見かけていたからか、目の覚めるような鮮やかさに驚いた。


すると、この町のどなたかが書いてくださった紹介文を見つけた。黒いマジックペンで書かれた達筆だ。

「河津桜(カワヅザクラ)」バラ科
伊豆半島の河津町にある早咲きの桜で、この名がある。花期、二月下旬〜三月上旬。花は薄紅色、小輪、一重咲き。





桜が何重かなんて、深く考えたこともなかった。


「へぇ〜。一重咲き…あれ、八重桜っていうのもあるよね。桜でも、花の重なり方が違う種類ってあるのか。あ、このサッポロの『サクラビール』も一重桜だ」




「ねえ、この『アサヒスーパードライ 春限定スペシャルパッケージ』、河津桜のピンクとそっくりなんだが!」と心のなかで大きい声で叫びながらスマホでパシャパシャと撮った。


すぐ近くの川に行っただけなのに、たくさんの気づきをもらってしまい、名残惜しくて落ちている桜の花びらをお土産に持ち帰った。




「1枚だけで見ると、なんだか淡く見える。重なっているから、濃いピンク色に見えるのかな」


一つひとつの儚さや美しさ、集結してからのより一層魅力を発揮させていることなど、私の目や心を癒し、気づきを与えてくれた桜の偉大さを感じた。




桜の花びらを酒の肴に、プシュッと缶を開ける。


ふわっと麦が香るーー。


ふと我に返って考えてみると、「好きで入った会社ではなかったけど、成果もあげられたり、得意な仕事も見つけたしやりがいあるよな…何より一緒に働くみんなが頼もしいし一緒に仕事していてたのしいんだよな…というか、なんだかんだ仕事たのしんでるよな…」


ビールを一口、また一口と飲み進めるたびに、溜まっていたことばが口から溢れでてくる。


好きではじめることってたくさんあるけれど、得意なことを伸ばすのだってたのしいものじゃん。実際たのしいし。好きなんだよな…。あれ、何にもやもやしてたんだっけ?


1年もの間がむしゃらに走って、でも劣等感だけは消えず意固地になっていた私の頭の中の考えが、ごりっごりに凝り固まっている気がした。


「もうやめ!」


1年間溜め込んだモヤリとした感情は、ビールと一緒に喉の奥に流し込んだ。


春のあたたかい日差しが強張っていた私の心も体も少しずつほぐしてくれるーー。





月1のビール飲み会。


いつもの友達。


みんなと同じような“好き”テンションで仕事のたのしさや苦労を話した。


「え、すごいじゃん!」「わ〜そういう仕事相手いるよね…!」と、普通に答えてくれた。


普通に。


ーー何に劣等感を抱いていたんだろう。自分自身の仕事に誇りを持っていれば、それでいいんだった。




そういえば。


去年の3月、この場所に引っ越してきたときも、目の覚めるような桜を見ながらビールをぐいっと一口飲んで、「よしっ」と気持ちを奮い立たせたことを思い出した。


春の陽気と桜とビール。


この季節になれば何があっても、新しい気持ちで前に進める気がする。


今年も新しい1年がはじまる。


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山吹彩野 編集・ライター

星の準ソムリエの資格を持つ星空エディターで、星や宇宙を編集して伝えるWEB SPACE「星とくらす」を運営。最近では星を眺めながら、ビールと宇宙をつなげたいと日々考えている。好きなビアスタイルはIPA。音楽、カメラが好き。

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