
日本のビール発祥の地ってどこか知っていますか?
じつは、神奈川県横浜市。
1869年に、居留外国人のローゼンフェルトが、日本初のビール醸造所である「ジャパン・ヨコハマ・ブルワリー」を開設しました。
ここで醸造技師として働いていたヴィーガントは、後にウィリアム・コープランドと「スプリングバレーブルワリー」を設立。日本で初めて商業的に醸造所として成功をおさめた後、その跡地に設立したのがジャパン・ブルワリー(後のキリンビール)です。
この日本のビール発祥の地に工場を構えるキリンビール株式会社横浜工場が取り組んでいるのが、クラフトビールブルワリーと行う「品質向上交流会」、そして「官能評価会」。
会合を主催するキリンビールは、自社のクラフトビール戦略において、自社事業やブランドだけが成長すれば良いというわけではなく、産業がしっかりと一緒に成長していくことが一番重要だと考え、「みんなと共に、日本のビールの新たな100年を!」というビジョンを掲げています。
そのなかで大切にしていることのひとつがコミュニティ。
キリンとブルワリーの連携に加え、ブルワー同士のつながりを強化し、その先にある地域コミュニティへの貢献したいーーそういった思いで、日本の大手ビール会社とクラフトビールのブルワリーが同じ視点でおいしさと品質を高め合えるようにと、「品質向上交流会」と「官能評価会」を開催しているのだそう。
今回ビール女子編集部は、2日間に渡って行われた会合に潜入し、実際の様子を取材しました!
「品質向上交流会」とは

2025年10月2日にキリンビール株式会社横浜工場にて行われた「品質向上交流会」。2024年にはじまり、今回で二度目の開催です。
「横浜クラフトビアマルシェ実行委員会」と協働して開催する本交流会は、「ビール発祥の地である横浜からビール文化を発信していきたい」という思いから企画されました。
当日は、神奈川県内の14ブルワリーが参加。
【参加ブルワリー】
・Yellow Monkey Brewing・Spica brewing
・Roto Brewery
・横浜ベイブルーイング
・REVO BREWING
・株式会社横浜ビール醸造所
・NUMBER NINE BREWERY
・里武士・馬車道
・The Bliss Brewery
・GRANDLINE BREWING
・湘南ビール
・Craft Rock Brewing
・Harvestmoon Brewery
・Rio Brewing
【ブルワリー以外の参加者】
・神奈川大学・横浜ファンカンパニー株式会社

また、「横浜や神奈川を拠点に活動するクラフトブルワリーの品質をさらに向上させる」ことも目的としており、醸造過程で発生する不快成分に関するレクチャーや、普段は見ることのできない横浜工場内の見学、各ブルワリーの商品試飲とフィードバックも行われました。
今回は、このうち「醸造過程で発生する不快成分(オフフレーバー)に関するレクチャー」をピックアップしてご紹介します。
オフフレーバー勉強会

クラフトビールを飲んでいるとき、「オフフレーバー」ということばを聞いたことはありますか?
オフフレーバーとは、ビール製造段階や保管状態の不備などによって、ビール本来のものとは違う味や香りになってしまうことを言います。

この日の勉強会では、キリン横浜工場で作成したオフフレーバーを再現したビールを実際に試飲しながら、実際にオフフレーバーができてしまう原因や対策を、化学的な側面からも解説しながら進められました。

この日再現されたオフフレーバーは、「ダイアセチル」「アセトアルデヒド」「酸化臭」の3つ。
通常のおいしい「キリンラガービール」と飲み比べます。

まずは、「ダイアセチル」。
香りの特徴としては、炊飯米のすえた臭いやバターと表現されるそう。
鼻を近づけてみると、チーズのような発酵臭!冷えた状態では味わいへの違和感がないように感じましたが、時間をおくと味にも発酵臭を感じるようになりました。
なお、「ダイアセチル」は醸造工程だけでなく、ビールサーバー管理の不備でも感じられることがあるといいます。おいしいビールを飲む人まで届けるには、醸造後の扱い方や提供者による管理も大事であることがわかります。

次は「アセトアルデヒド」。
香りの特徴は、青臭い、熟した柿の臭い、青りんごの臭いと表現されるそうです。
鼻を近づけると感じたのは、青りんご臭!
こちらも最初は味わいにあまり変化がないように感じましたが、時間が経つと青りんごの臭いを感じました。
アセトアルデヒドは醸造の発酵段階で生じるため、酵母の健全な発酵を促し、生成物をアルコールへきちんと還元させる管理が重要だと解説がありました。

最後は「酸化臭」。
香りの特徴は、カードボード臭、厚紙臭と表現されるそうです。
鼻を近づけると、その違いを理解するのに少し難しくも感じたのですが、古い本の臭いのように感じました。厚紙臭と表現されるのもうなづけます。
飲んでみると、通常のおいしいビールに比べて、麦の味わいが悪い意味で際立っているように感じました。
また、口に含んで飲み込み、そのあと鼻から抜ける「戻り香」で、紙のような臭いが感じやすくなるとか。
酸化臭は、麦芽由来の脂質の過酸化によって起こるものだそう。酵素活性をコントロールしたり、麦芽の粉砕度を荒くすることで低減できる、というポイントも共有されました。

勉強会中は、ブルワーの方たちからも質問が飛び交いました。
また、改めて感じたのは、ビール醸造には理科的な知識と現場の経験の両軸が欠かせないことです。
専門用語は多いものの、具体的なにおいの例示や飲み比べで、参加者が自分の感覚と結びつけながら理解を深められる場となっていたのも印象的でした。

そして、当日参加していた方の中には、神奈川大学の職員の方と学生さんも。
じつは、神奈川大学は「ホップ栽培プロジェクト」を立ち上げていて、ホップ栽培から収穫、味やラベルの決定、売るための仕掛けづくりなど、ビールにまつわるさまざまなことを学んでいるとか。その中でキリンビールとも交流があり、今回参加したそうです。

神奈川大学社会連携部社会連携課 小林敏昭さん「横浜キャンパスとみなとみらいキャンパスのそれぞれで進めています。キリンさんからお声がけいただき、セミナーなどで考え方のエッセンスを学びつつ、机上のワークと現場(圃場・醸造所・イベント)での活動を組み合わせて進行中です。まずはコンセプトやプロジェクト名を学生主体で決定し、“どんなシーンで誰と飲むか”を想定して味の方向性を言語化。その上でブルワリーの方にフレーバー調合をお願いし、現在はそれぞれのキャンパスのコンセプトの違いを表現した、オリジナルフレーバーのペールエールをつくっています」
学生の皆さん「今回の品質向上交流会は、専門的な内容で正直難しかったのですが、こうした場に参加できたこと自体がありがたく、プロジェクトの意義を強く感じました。味の違いが具体的に分かる体験ができ、視野が広がりました。これからイベントで自分たちのビールを自分の言葉で伝えるのが楽しみです」

勉強会の後は、小規模設備見学(非公開)や、参加ブルワリーが手がけるビールの試飲会、更に交流会まで行われ、充実した1日となりました。
「官能評価会」とは

2025年10月10日に行われた「官能評価会」。ビール業界全体でのブルワリーの技術や品質レベルの向上を目指して、2022年よりはじまりました。
取材したのは横浜工場ですが、全国にあるキリンの工場で、その地域ごとのブルワリーを招き開催しています。
今回は、神奈川から3ブルワリー、埼玉から2ブルワリー、山梨から1ブルワリーが参加。
【参加ブルワリー】
・FAR YEAST BREWING・横浜ビール醸造所
・NUMBER NINE BREWERY
・横浜ベイブルーイング
・COEDO BREWERY
・Teenage Brewing

評価会は、それぞれのブルワリーがつくったビール2種ずつを、参加した全ブルワーとキリン担当者全員で試飲。
つくったビール2種はキリンが保有する分析器にて事前に分析をしつつ、結果を踏まえキリンのご担当者様よりフィードバック。そして、他ブルワー含めた全員でディスカッションを行います。

分析器による化学的な結果から、
「缶の充填の際の酸化ではないか」
「想定している香り・味わいになっているか」
「昨年の結果を踏まえ変更した」
など、様々なことばが飛び交います。
また、
「分析器ではこのような結果だったが、官能ではそのような特徴を感じなかった」
「むしろそれを個性と捉えられるのではないか」
など、そのブルワーが目指しているものになっているかなども話の焦点になっていたのも印象的でした。

ブルワーが目指すスタイル像を軸に、数値と官能の両面から探る議論の時間。机を突き合わせての会合は、とても緊張感があります。

活発に交わされる会話のなかでは、参加者同士が前提の言語をそろえながら確認し合うことで、次に試すべき調整の方向性が自然と言語化されていきます。
私たちも試飲しつつ聞いていましたが、実物を味わいながら数値と自分の感覚を見比べることで、議論が抽象論に流れずに済むのが印象的でした。

参加者は同じビールと同じデータを共有しているため、議論の精度が上がり、「この場での共有事項」と「次回までの宿題」がその場で見えてくる、まさに濃密な議論の場になっていました。
参加した感想を各ブルワリーに聞いてみた

官能評価会のあとは、懇親会。
キリンのビールで乾杯しビールを飲みながら、キリン・ブルワーのみなさんに今回の感想についてお話を伺いました。

知識のある方々にその場で質問でき、すぐ答えが返ってくるのがとても助かりました。自社で測れない指標まで確認できる点がありがたかったです。アセトアルデヒドなど、官能評価に関わる成分を数値として「見える化」できることに大きな価値を感じました。数値化に加えて官能評価やフィードバックをもらえるため、「次にどこをどう変えるか」を具体化しやすくなるのもありがたいです。ブルワー同士で数値を見ながら意見交換ができる機会も貴重だと思います。今後については、できれば月1ペースで開催してほしいくらい、意義のある会です。

加藤さん:クラフトビール側では出せない指標を出していただけることで新たな気づきが生まれ、今後の品質改善に向けた取り組みが具体的に見えてくるので、大変ありがたく感じています。
井田さん:見ていただくことで良い意味の緊張感が生まれ、真摯なご質問に同じ目線で「もっとおいしいビールにしたい」と向き合えますし、こうした会は本当にありがたい場だと思っています。

自分のブルワリーで見られる数値は限られているので、さまざまな項目もみることができたのがすごく良かったです。フィードバックも踏まえて改善が必要な点もあるかもと思いましたね。未知の項目についての数値についての発見もあって、そういった部分の気づきを得られたところも勉強になりました。

とても高度な勉強会で驚きましたが、他のブルワリーさんのご経験を伺えて、設備は違っても同じような悩みを共有できて参考になりました。定番のビールを見ていただくのは緊張もあり、ロットの出来を心配する場面もありましたが、規模の違うキリンさんがクラフトビール業界を支援してくださるのは心強いと改めて感じました。

数値を見ながら感じたことを確かめつつ飲む機会はなかなかなく、とても面白かったです。一方で、もっと皆さんが自由に話せる形だとより良かったかなとも感じました。昨年より雰囲気は良くなっているように感じたので、立場の違う人同士で意見を交わす場として楽しかったです。

今回で3回目の参加ですが、毎年キリンさんが大手の資本で僕らでは管理できないような数値を示し、丁寧に説明してくださる場を設けてくださるので、参加ブルワリーは毎年おいしくなっていて、業界全体のレベルアップにつながっていると実感しています。クラフトでできる品質管理には限界があるからこそ、規模の違う大手が距離を詰めて同じ目線で擦り合わせてくださるのは本当に貴重です。神奈川には多くのブルワリーがあり、この場に参加できるところは限られる中で、今回も参加できたことは大きな財産だと感じました。今日は「言うことなし」と思える内容でしたし、同じ横浜でビールをつくる身として、キリンの皆さんも私たちが造ったビールをお店でも飲んでくださっていると伺えたのもとても嬉しかったです。もちろん、まだ課題はありますので、引き続きブラッシュアップしていきます。
また、キリンビールからも3名の方にお話を伺いました。

全体としてはとても良い議論ができたと思います。一方で、横浜工場のメンバーが事前に非常に緻密に準備してくれたぶん、論点がそこに終始して“キリン対クラフト”のような構図になってしまい、ブルワリー同士でもっと意見交換や情報共有ができると更に良かったかなと感じました。今日は参加ブルワリーも多く、一社あたりの時間が限られていたことも影響したと思いますが、この後も引き続き合流して意見を交わせればと思います。

クラフトビールブルワリーの皆さんのレベルや思想、表現しようとする努力に大いに刺激を受けました。私たちはナショナルブランドとして決められたレシピを忠実に再現することを突き詰めていますが、クラフトの広い視点や挑戦から学ぶことが多いです。社内のメンバーも生き生きしており、つくり手同士がインスパイアし合える場を今後ももっとつくっていきたいと感じました。

想像していた以上に活発な議論ができて良かったです。私たちとクラフトビールブルワリーさんではつくっているビールも規模感も違いますが、なるべく対等に意見交換できるように意識して進め、横同士での意見交換が生まれたのも良かったと思います。味の感じ方は人それぞれですが、数値で「見える化」することで改善につながりますし、一方で最後はやはり味覚の部分も大切です。キリンでは「キリン 一番搾り」や「キリンラガー」で定量化と改善を積み重ねてきましたので、その知見が少しでもクラフトの皆さまのお役に立てば嬉しいです。今回、より深いディスカッションができるように担当者それぞれが入念な準備をして臨んだ中、皆さまから「良かった」と言っていただけることが何より励みになります。
ビールの未来を育むために
今回の学びと対話は、横浜からおいしさを更新していくための大事な一歩だと感じました。キリンビールとクラフトビールブルワリーが同じテーブルで数値と感覚をすり合わせる——その積み重ねが、一杯の確かなおいしさを育てていくのだと感じました。
オフフレーバーの知識も官能評価の視点も、最終的には「より良い一杯」のため。そして、より多くの人においしいビールを届けるためのものです。
いち飲み手としても、横浜からはじまるこの積み重ねが次の一杯へつながっていくことを心から楽しみにしています。

お酒は二十歳になってから。
