お正月休みは、“日常”という枠から一歩外に出たような自由を感じます。ビール片手に1年を振り返りつつ、非日常を垣間見ることができる映画のお話などいかがでしょう。お酒片手に物を書くビール女子、植井皐月(うえいさつき)がご紹介するのは、ビールが登場する3本の映画。ゆっくりとビールを味わいながら読みたいエッセイです。
新たな仲間と飲むなら
『モテキ』
「半分の事で良いから 君を教えておくれ 些細な事で良いから まずはそこから始めよう」。
フジファブリックの「夜明けのBEAT」で幕を開けるこの映画は、歌詞の通り新たな環境に身を置いた主人公が、そこで出会ったひとりの女性を(数々の情緒不安定と様々な紆余曲折を乗り越えながら)追い求める話だ。主人公とその女性はTwitterで趣味を介して知り合い、一晩のうちに何杯ものグラスを乾かすことで急速に打ち解ける。話は盛り上がり、酔いは回り、何が何だかわらかないけれど、とにかく喜びに満ちているような気持ちになる。
きっと誰しもが一度は経験したことがある「あの夜」を、この場面はとても上手に描いているように思う。やけにお酒が美味しくて、相手のことが知りたくて、話はどれも新鮮で。2019年に出会った、これからもっと知り合っていくはずの仲間と飲む酒の肴にこそ、この映画はふさわしい気がする。音楽や漫画など、いわゆるサブカルチャーと呼ばれるものが多用されているから、「これ好きだった!」なんて話で盛り上がるのもいいかもしれない。
ひとりで自分を癒すなら
『オーバーフェンス』
失業保険を受け取るためだけに職業訓練校に通う男。周囲の人間と円滑な関係を維持しながらも、必要以上に距離を縮めないように細心の注意を払っている。同期からの酒の誘いも断り、学校帰りに決まった弁当屋で夕食と2本の缶ビールを買って帰ることが日課だ。部屋には開封されないままになっている引っ越し業者の段ボール以外、何もない。誰とも住んでいる気配がないのに、指には結婚指輪がはまっている。
人生には、時としてエアポケットのように暗く陰鬱な時期が訪れる。そんなはずではなかったという葛藤、どうしてこんなことにという後悔、そういういくつもの自問自答に寄り添ってくれる酒というものもあるのだ。
主人公が空っぽの部屋で開ける缶ビールの音が哀しく響く。2019年はしんどいことが多かったという人は、試しにこの映画を再生してみてほしい。主人公たちが見た最後の景色と重なって、一抹の希望が見えるかもしれない。
旧知の仲間と騒ぐなら
『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』
ハングオーバーとは、「二日酔い」のことを意味する。
劇中で、男たちは古くからの友人の結婚を祝う「バチェラー・パーティ(独身最後のパーティ)」を開催し、盛大に飲んで記憶を飛ばす。朝、目が覚めると花婿であるはずの友人の姿がなく、代わりに部屋にはトラがいる。結婚式まで時間が迫る中、どうしても花婿が見つからない。この映画で一番印象に残るのは、朝に目覚めたときの部屋の惨劇だ。ありとあらゆるものが破壊され、バーカウンターの上には生きた鶏が歩き、口元からは前歯が消えている。この時の男たちの吐き気や頭痛の程度に比べたら、我々が体験したことがある「史上最悪の二日酔い」など、まるでささやかなもののように思えてしまう。
残念ながらこの映画は、素面で観るとこちらの気持ちが引いてしまう傾向がある。もちろん、つまらないというわけではない。映画の中で、男たちは消えた花婿を探そうと必死に前夜の出来事を追いかけるのだが、そこで明らかになる酔っ払いたちの「やらかし」があまりにひどいのだ。この映画を観る時は、こちらも同じくらい酔っぱらってしまうのが一番だ。酔った姿を見せても問題ない気心の知れた友人、そしてビールを数ダースほど用意すれば、きっと最高に楽しめるはずだ。
くれぐれも、二日酔いには気を付けて。